令和3年 光寿信者参拝時 愛礼の儀神示

教主正使者供丸光先生ご解析

毎年、迎える光寿信者参拝時には、一年間の心の成長のご報告、また絶大なご守護に対する御礼、新たな年への誓いなど、一人一人の思いを「御礼御祈願書」に託して神魂にお届けするのが、開運人生を手にするための必要不可欠な道です。また、その思いを自ら神魂にお届けする儀式が、「愛礼の儀」です。

これは、年頭の祈願祭を皮切りに1月から8月まで、神のご指導、神示を学ぶ中から、多くの気付き、悟りを得てこそ、参列する意義のある儀式です。神の教えに触れるほど、「自分の改めなくてはいけないところが見えた」「気付いて直せるように努力して、これほど生き方が変わった」などと、さまざまな変化、前進があります。

光寿信者参拝時を迎えて、皆さまから「御礼御祈願書」が提出されますと、私は正使者として、神徽魂清(しんきこんしょう)の力をもって、一日一日確実に神魂へとつなぎます。しかし、五感で生きる人間は、どうしても自分で神魂に直接語り、思いが届いた手応えがほしいものです。そこで、愛礼の儀という、皆さまの心をご自身で届ける場を設けています。これは、神魂のご守護の中の儀式ですので、大きな成果が表れます。

よって、皆さまには、「御礼御祈願書」を提出されるとともに、愛礼の儀で、ぜひとも的を射た祈願をしてほしいと願います。どのような思いを神魂にお届けすればよいのか、今年の愛礼の儀に向けて表された神示から、はっきりと読み取ることができます。それをつかんで、愛礼の儀に臨んでください。

 

今年の愛礼の儀に向けて表された神示は、冒頭の二行が「真理」の部分です。真理とは、物事の道理であり、どのような仕組みになっているかを、神がお教えくださっているものです。

「教え」を学び 「真理」に悟りを深めるほど 人は「真実の愛」に生きる
 神にますます「心」預け 多くの人々との出会いを生かす人と成る

「教え」を学び
  「真理」に悟りを深めるほど
    人は「真実の愛」に生きる
 神にますます「心」預け
  多くの人々との出会いを
    生かす人と成る

素直に「教え」を学び、心に受け入れると、必ず多くのことに気付けます。そして、教えに沿えるように努めるところに悟りを深めて、自分中心の自己愛が強い心から、多くの人々に愛をかけられる人格者へと成長していきます。自己愛から他者愛へと心が高まり、「真実の愛」に生きる人となれるわけです。

すると、確実に神魂と重なり、多くの人々との出会いを生かす生き方ができます。誰からも愛され、求められ、敬われます。一つ一つの縁が生きて、自身の良さを発揮していけるのです。そのようにして多くの人の役に立てば、毎日に生きがいが味わえて、確実に悔いのない人生を歩めます。神が人と成ると示されたように、そこまでの自分が確立できるということです。

 

皆さまには、こうした人と成っていただきたいわけですが、自分はどうであったかと、神は問い掛けられています。次からは、「気付き」です。

信者に問う
 神と共に歩んだ今年 「心の姿」を見てごらん
 家族・縁者 友人・知人の愛に 思いを返す配慮が できたか 否か
 心(運命実体)で生きる人間は
    感謝の思いが芽吹くほど 出会いが生きて 「運命」に重なる人生を歩んでゆける
 光寿の時を迎え 神に守られし体験を 信者は必ず確認できる
 「悟り」の深浅により 感動の強弱が生まれる

信者に問う
 神と共に歩んだ今年
    「心の姿」を見てごらん
 家族・縁者 友人・知人の愛に
  思いを返す配慮が できたか 否か
 心(運命実体)で生きる人間は
  感謝の思いが芽吹くほど
    出会いが生きて
      「運命」に重なる人生を
        歩んでゆける
 光寿の時を迎え 神に守られし体験を
    信者は必ず確認できる
 「悟り」の深浅により
    感動の強弱が生まれる

神は、周りの人のことではなく、自分自身のこととして、神と共に歩んだ今年、「心の姿」を見てごらんと呼び掛けられました。自分の何がどうなった、「家族は…」「体調は…」「仕事は…」といった形ではなく、「心の姿」、心のありようを見詰め直してみましょう。

具体的には、家族・縁者、また友人・知人の愛に、思いを返す配慮が、できたか、否かです。家族・縁者と、友人・知人は、分けて考えてください。家族・縁者は、常に自分を支えてくれる、一番身近で大切な存在です。そうした家族に思いを返す配慮が、できたでしょうか。その上で、もう少し距離のある友人・知人などに対しても、思いを返し、調和の取れた人間関係が保てたか、考えるのです。

人は、多くの愛に支えられて生きています。思いを返す配慮とは、そのような相手に、単に感謝を述べればよいのではありません。気付かないところで心配を掛けるようなことはなかったか、常に安心してもらえる自分であったか、相手の思いを受けて自分もできることを積極的にしてきたか、互助の心、奉仕の心で生きられたかということです。

なぜこのようなことを振り返らなくてはいけないのかというと、次に最も重要なことを、神は示されました。心(運命実体)で生きる人間は、皆、感謝の思いが芽吹くと、親、先祖から受けた実体が抑えられます。

この感謝とは、一般的な感謝ではなく、前述の神示を受けています。家族・縁者、また友人・知人の愛に応えようとする感謝です。旅先や、たまたま入ったお店など、ほんのいっとき触れ合う人との縁も大切です。しかし、まずは自分の家系に関わる家族・縁者、そして人生に関わってくれる友人・知人との関係を尊重するのです。

身近だからこそ、思いをそのまま伝え、心の摩擦が生じるようなこともあるかもしれません。ささいな言動に反発したり、身勝手な行動を取ってみたり、失礼なことをしてしまったり、そのようなことはなかったか、今気付くべき大切なところを、神はご指導くださっているのです。

これができると、確実に出会いが生きてきます。そして、「運命」に重なる人生が歩めます。運命に重なるとは、分、器に見合う、良さを存分に発揮できる生き方です。それがかなうのが、一番の仕合せです。自分の身の丈に合っていれば、無理がないので、いつも穏やかな心でいられるからです。

このように、光寿の時に自分の「心の姿」を振り返れば、どれほど神に守られていたかを必ず確認できるはずです。「御礼御祈願書」「愛礼の儀」で神魂にお届けする内容は、一人一人、千差万別で、感謝の厚い人も、薄い人もいるでしょう。「悟り」の深浅により、感動の強弱が生まれるかもしれません。しかし、薄いと感じるなら、来年はもっと厚くできるように、また厚いと思う人は、来年はさらに厚くなるように、前進を図ってほしいと思います。

 

以上のことができると、このようになります。次も「気付き」です。

――神の守りを 自ら愛礼の儀式で届ける――
 自然と 神の手の中 「人生」守られ 「正道」へと導かれている真実が 体感できる
 できて 信者はますます 「真実の愛」に生きる人と成る

――神の守りを
    自ら愛礼の儀式で届ける――
 自然と 神の手の中 「人生」守られ
  「正道」へと導かれている真実が
    体感できる
 できて 信者はますます
    「真実の愛」に生きる人と成る

神がご指導くださるとおり、自身の「心の姿」を振り返り、「御礼御祈願書」にしたため、自分の味わった神の守りを、自ら愛礼の儀式で届けることです。1月から8月まで神示を学んでいれば、今年どのような思いを神魂に届ければよいか、自然と見えてくるはずです。

すると、神の手の中、「人生」守られ、「正道」へと導かれている真実が、体感できます。すなわち、これまで以上に守られている実感が得られるということです。それができて、信者はますます、「真実の愛」に生きる人と成ると、神は言い切られました。

「真実の愛」に生きる人、これは冒頭で示された、皆さまの目指すべき開運のかなう人の姿です。誰からも愛される好人格者となり、与えられた運命を存分に生かして、悔いのない年月を積み重ねていけるということです。

 

そして、最後の一節は、神が示された結論です。

光寿の真理に気付いて ますます感謝の思いを 奉仕で返す信者を目指せよ

光寿の真理に気付いて
  ますます感謝の思いを
    奉仕で返す信者を目指せよ

光寿の真理とは、一年の成果が現れ、来年の歩みにつなぐことのできる参拝時だからこそ、今年の「心の成果」を神魂に語ることで、さらに大きな前進、成長につながるということです。この大切な時期の意義も分からず、「御礼御祈願書」も書かない、書けない、光寿信者参拝時を無にしてしまったということでは、何とももったいないとしか言いようがありません。

神がご指導くださるように、家族・縁者、そして友人・知人への感謝の思いを深め、ますます奉仕で返す信者を目指すことです。これが、今年の愛礼の儀に向けて、神がご指導くださった内容です。どうぞ皆さまには、この神示を心に留めて、「御礼御祈願書」に思いを託し、「愛礼の儀」に臨んでほしいと思います。