「真理」に生きる我を目指せよ 
 知識があふれ 「思い」のまれて日々生きるゆえに
    心の安定を欠き 人との出会いが深まらないのである
縁が生かせぬ我ゆえに 「心」不安に襲われる
 人との出会いを大切にされよ
 「真理」に出会いを生かす答えがある
 「真理」に生きるほど 恐れ おびえる心は消えてゆく
神の教えを学び 「祈願」重ねて 我が心の動きを安定させる
 自然と 人との出会いが生きてきて 今なすべきことに思いが向かう
 「心」流れて 奇跡に救われてゆくのである

 

「真理」に生きる我を目指せよ 
 知識があふれ
 「思い」のまれて日々生きるゆえに
    心の安定を欠き
      人との出会いが
        深まらないのである
縁が生かせぬ我ゆえに
    「心」不安に襲われる
 人との出会いを大切にされよ
 「真理」に出会いを生かす答えがある
 「真理」に生きるほど
    恐れ おびえる心は消えてゆく
神の教えを学び 「祈願」重ねて
    我が心の動きを安定させる
 自然と 人との出会いが生きてきて
    今なすべきことに思いが向かう
 「心」流れて
    奇跡に救われてゆくのである

ためたままで放置したなら…

第3回、第4回のコラムでは、「心を清める理由はどこに?」と、清浄という儀式の意味を考えてきました。今回、この総まとめに当たり、まずは「清浄」のイメージを共有しましょう。

ということで、小汚い事例から。場所は我が家の裏の「ため池」。ぼうふらが湧いているだけでなく、隣から苦情が来るほど、嫌な臭いがすると完璧。なるべく汚い方がいいです。「ため池」とは、どれほど待っても清水の流れ込みがない、要は水たまり。これを飲める水へと戻すものが「清浄」です。すなわち、このため池の上流に、さらりさらりと流れる小川をつなげてほしい。さらに下流部分には、広い広い大海がある。このようにして、悪臭漂うため池が、清水へと戻ってゆけるのです。

心の苦しみ、悩みとは、ため池同様、止まってよどんでいる状態。怒ったまま、悲しみのまま、不満のままを指すものです。このまま放置したならば、どこどこまでも増強してゆき、いつか必ず爆発します。そしてこの爆発が、思わぬ未来を運んでくるから怖い。キレイにするべき理由とは、ここに尽きます。

自分のものでありながら、自分の意思のとおりにならないのがココロ。無理に抑えたココロが反発することは、人、皆誰もが経験している、事象であるかと思います。
だから心を守る神の御前にて、ココロをそのまま訴えてみる。抑えてほしいと語るだけでよいのです。川の流れがココロを変えます。広い海がココロを包んでくれるのです。何とも爽やか、だから清浄。この不思議な心の変化を、体感してみてほしいのです。

 

出会いを生かすとは?

続きの2行目。

知識があふれ 「思い」のまれて日々生きるゆえに
    心の安定を欠き 人との出会いが深まらないのである

 

知識があふれ
  「思い」のまれて日々生きるゆえに
    心の安定を欠き
      人との出会いが
        深まらないのである

今の社会は、人と人とがぶつかり合ったニュースが後を絶ちません。朝のラッシュで駅員さんを殴った乗客。夜の街には警察官にかみつく酔客。行き場のないストレスを、発散しているようにも見えます。ワイドショーをにぎわせ続けた、白い外車のあおり運転。親子の間であってはならない事件が数々報道されます。幾度も繰り返される原因は、一体どこにあるのでしょう?

答えは感情。自分の理性をまるで上書きするように、ココロの底から湧き出てくるもの、これが「不満」の正体です。止まらぬ涙も根は同じです。こうして自ら「縁(えにし)」を断ち切る行動が、いかに自分に傷を付けてしまうのか!
だから、その場の感情ではない、判断軸たる神の教えが、人間には不可欠…なのです。必要のない悪縁は、縁なきものと離れていくよう…、「励ましてくれる友」「失態をかばってくれる上司」、自分にとっての良縁は、とことんまでも深めてほしい。これが神の願いであって、神示の中ほど、「真理」に出会いを生かすの解析です。

 

最大の幸を運んでくる普遍の愛

続きの恐れ、おびえる心は消えては、かつて直使が残されたご講話。人が持つ二種類の愛に、どうやらヒントがありそうです。
一つ目の愛心は、生まれたときから備わっているもの。
まずは自分を、次には我が子を、我が家だけを守ろうとする自己防衛が根となるものです。いわゆる本能の部分であるから、一瞬で『怒り』へと変化する特質があります。突くとキバを開くクワガタ、知らない人にほえるポチ、これらと近い心と言えるものでしょう。
そして二つは、生まれつき備わってはいない愛心。
教育を重ねるところに、初めて芽吹く。感動、感謝、希望もそうです。人間だけが持つことがかなう普遍の愛こそが、自分に、家族に、最大の幸を運んでくることを、全人に知ってほしいのです。そう、直使は教えてくださいました。

相手の怒りにのまれた自分、小さなココロは過去のもの。ため池は禁ですよ。明日の大きな幸、共に我が物としましょう。