過去の質問

 

目次

・家族と穏やかに向き合うには?

・悩みがないときは学ばなくてもいい?

・何でも素直に祈願して大丈夫?

・教務相談で望む答えが得られなかった

・自分のせいで教会を否定されてしまった

・職場の人間関係がつらい

・親から言われて教会に行くのが負担

・神示教会を正しく伝えるには?

・自分の「運命の力」って何?

・どうすれば状況を変えられるか?

・集まった会費や寄付の用途は?

・信者ではない家族の理解を得るには?

・CMや新聞広告などのメディアを使って宣伝をしないのはなぜ?

・神示教会で言う「地域」とは?

・うつ病の我が子の将来が不安

・苦手な人とうまく付き合っていくには?

・教えを学ぶゆとりがない場合はどうすれば?

・神を頼らず、自由に生きたい

・子供の信者籍登録の時期は?

・なぜ班に入らなければいけないのか?

・交際相手に教会のことをどう伝える?

・社会人になった子供に教えを学ぶ大切さを伝えたい

・家族が体調を崩したときにできることは?

・結婚する気のない子供にその気になってもらうにはどうすれば?

・長い間教会から遠ざかっていたが、やり直せるのか?

 

Q 家族と穏やかに向き合うには?

家族と穏やかに向き合おうと心掛けています。ところが、思いがけない言葉や態度に気持ちが揺さぶられ、つい感情的になってしまいます。どうすればよいのでしょうか。

頭で分かっていても、欠点もあるのが人間です。できることなら、家族で教えを学び、全員が家庭生活に生かす努力をすることです。その中で、互いに補い合い、家庭環境も整っていきます。そうして家族で学べるようになるまでは、自分自身が教えに生きる自覚を強く持つことです。
「少しは努力してほしい」「分かってくれてもいいのに…」と、相手に求めたくなることもあるでしょう。そのような気持ちに負けず、教えを実践できるようにと祈願し、自分から家族に明るく声を掛け、毎日温かく触れ合っていくことです。家族と気持ちを通わす会話は、とても大切です。話をよく聞き、自分の気持ちや考えも優しく伝えていきましょう。焦らず、諦めず、努力を続けていると、必ず家族が受け入れてくれます。「ずいぶん変わった」「怒らなくなった」家族がそう感じる頃には、会話が弾む、和やかな家庭になっているはずです。

 

Q 悩みがないときは学ばなくてもいい?

悩みもないし、毎日忙しいので、教会に行く時間が取れません。何かあったら行けばいいですか。

悩みがないときにこそ、神の教えを学び、自分の生き方を高めていくことです。神の教えは真理です。教えを学ぶことで、社会のゆがみや、道を欠く考え方や生き方が分かってきます。それが分かるので、自分から、人としての正しい生き方が出来るようになり、悩み、苦しみ、迷いのない人生を歩めるのです。
大きな悩みが出てから救いを求めるのでは、自分がつらい日々を過ごすことになってしまいます。毎日食事を取るように、常に空気を吸っているように、教えを学ぶことは、生きていく上で欠かせないことです。教会に足を運べないときでも、教会図書から神示に触れることを習慣にしてみてください。

 

Q 何でも素直に祈願して大丈夫?

祈願する時は、自分の思っていることを、ありのまま言ってもよいのでしょうか。

心を向けているお相手は、本当に実在する神です。気持ちを飾らず、隠さずに、ありのまま祈願すればよいのです。素直な心で何でも語ることが、自分の人生を守ることにつながります。ただし、仕合せ、幸福につながる的を射た祈願をするためには、神示を学び、真理に触れていくことです。
祈願は、神の教えに沿って、明るく、強く生きる心が持てるようにと神に願うものです。よって、教えを学ぶという基本があってこそ、正しい祈願ができるのです。授業や図書で繰り返し学ぶうちに、自然と自分に欠けている部分も分かってきます。そこを修正できるようにと祈願することです。祈願しながら実行する中で、心の変化とともに、自分の思いが神に確実に届いているご守護を実感できるはずです。

 

Q 教務相談で望む答えが得られなかった

近所に住む人と、時々一緒に参拝します。悩みがあるというので、教会で相談することを勧めました。その後、「思っていた答えが返ってこなかった」と、少し不満げです。どうすればよいのでしょうか。

まずは相手に温かい関心を持ち、話に耳を傾けましょう。私的な内容に入り込み過ぎないように配慮しながら、思いに共感することです。神魂に心を寄せ、ますます学ぶ意欲が増すように、共に足を運んでください。
救われるとは、思いどおりに事が進むことではありません。迷いや悩みを解消するために、自分に必要な何かに気付くことが、解決への第一歩です。「真理」を欠いた生き方から悩みを生み出していることが多いものです。よって、相談は、自分の今までの生き方を、真理に重ね、見詰め直すことで、今の自分に必要な、気付きを引き出す、大切なひとときです。回を重ねてつかめることも多いので、納得できるまで、相談の場を活用していただけるように勧めてみてください。

 

Q 自分のせいで教会を否定されてしまった

職場の同僚に何度か神示教会の話をしています。興味はあるようですが、「そんなに素晴らしい教えを学んでいるのに、何で…」などと、日頃の言動を指摘され、困っています。どうすればよいのでしょうか。

学校であれば教師や学生の姿から、会社ならば社長や従業員の様子を見て、その善しあしを判断するのは仕方がないのかもしれません。信者であるならば、相手に受け止められる自分になっていくほど、教会の価値が相手の心に入っていくのです。
とはいえ、教会に所属している人々が、神示教会そのものというわけではありません。例えば、同じ学校に通っていても、学力の伸びは学生によって違うはずです。神示教会に籍を置く人の歩みも同様で、個人差があります。ですから、神示教会の環境に直接触れる機会を持っていただくことも必要です。相手が興味を示しているのなら、求める気持ちに合わせて、一緒に受講したり、図書を渡したりしてもよいでしょう。

 

Q 職場の人間関係がつらい

職場に感情的な上司がいて、上役に気に入られようと、部下の自分たちに無理な指示を出してきます。機嫌が悪いと厳しく当たられることも多く、その上司がいると思うと、出勤したくなくなります。このようなとき、どう祈願すればよいですか。

上司に限らず、人間関係によって自分の気持ちがなえ、働く姿勢に悪影響が出ることはあるものです。そのようなときこそ、日頃学んでいる神の教えを生かし、自分がするべきことは何かを見詰め、今の立場でできることを精いっぱいしていくことです。また、その心が持てるように祈願するとよいのです。
職場の人間関係は、まずは仕事上の関わりを優先し、感情を入れないことが大切です。「教えを実践できるように…」と、祈願とともに取り組むことで、冷静な心が引き出され、上司の言葉や態度に振り回されなくなってきます。同時に、お世話になる職場で役に立とうと、働く意欲も増して、自分自身の持ち味が発揮できることでしょう。そのような中で、成長できることも多いのです。

 

Q 親から言われて教会に行くのが負担

親から言われて、時々教会には行きますが、勉強や部活、友達との付き合いもあり、とても負担です。それでも親の言うことを聞かなければいけないのでしょうか。

親の言うことを聞くか、聞かないかと、答えを二択で考えず、まずは「大切だから言ってくれている」と、親の気持ちを受け止めることです。その上で、「その日は部活があるから…」などと、自分の予定や気持ちも伝えましょう。
親子といっても別々の人間です。「親なら分かってほしい」「子供だったら従って…」と、互いに求め過ぎ、思いをぶつけ合っていては、心の距離が離れてしまうことにもなりかねません。親は、自分の体験から教えを学ぶ大切さを感じ、教会に行くことを勧めるのでしょう。ですから、その思いを受け止めることが大切です。そして、素直な気持ちで語り合う中で、「こんな方法もあるよね」「なるほど…」と、知恵が出てくることもあるものです。
神示教会には、親子はもちろん、さまざまな人間関係を豊かにする、心の教えを学べる環境があります。「都合がつく日は授業に…」「忙しいから教会の図書で…」などと、自分のペースで教えに触れていきましょう。心に残ったものが、きっと毎日の生活に役立つはずです。

 

Q 神示教会を正しく伝えるには?

知人に神示教会のことを話し、図書も貸しました。何かと迷っているようで、顔を合わせるたびにいろいろ聞かれます。どのように触れればよいでしょうか。

この教会に出入りし、毎日が変わっていく手応えを感じたなら、身近な人にもそれを味わってほしいと思うのは自然なことです。ただし、その人自身の気持ちが最も大切です。また、関心を持てば疑問が出てくることもあるでしょう。「どのくらい通うのか…」「寄付などは…」などと質問されたなら、分かる範囲で誠実に答えていきましょう。
五感に頼って生きる人間にとって、目には見えない神を信じることは難しいかもしれません。それは、誰もが同じはずです。そうした不安があるようなら、「最初は自分もそうだった」などと共感しながら、気持ちの変化や体験を語ってもよいでしょう。それでも迷っているようなら、「幸福になる生き方を学ぶ学校のような所だから、気軽に行ってみては…」「まずは、教えを学んでみることができますよ」などと、本人が直接この環境に触れられるように、無理なく勧めてあげましょう。大切なことは、自分が体験した神の守りの大きさを、ありのまま語ることです。

 

Q 自分の「運命の力」って何?

いくつかの授業に出る中で、「運命の力」という言葉が心に残りました。自分がどのような力を持っているのか知りたいのですが、どうやって見つければよいですか。

運命の力とは、一人一人が誕生した時に神から授かった、世の中の役に立つ力です。つまり、誰もが、生涯を通して生きがいにあふれ、喜び多く、楽しい人生を送れるように、生き抜く力を与えられています。「運命の力はこれ」と、ひと言では表現できないほど、大きな力があるのが運命です。言い換えるなら、その人の存在そのものです。ですから、自分の良さを見いだし、さまざまな場面で役立てていくことです。
まずは、自分の年代に応じ、置かれた環境の中で、今できることを積極的にしていきましょう。そうした日々の中で、人から喜ばれ、認められることがどんどん増えていきます。自分自身も「何々が得意…」「これなら役に立てる」などと、与えられている力や持ち味に気付き、自信が持てるはずです。
一人一人の運命の力を、重さや長さのように測ることはできません。しかし、神の教えを心の支えに生きるほど、日々守られているという感覚が実体験を通して強く持てるようになり、ますます自分の能力を生かせるようになっていきます。与えられた器以上に無理をしたり、見当違いな努力をしたりすることが少なくなり、自分の運命に重なって生きられるのです。

 

Q5 どうすれば状況を変えられるか?

今の状況を変えたいと、毎日一生懸命お願いしています。なかなか変わらないのは、私のやり方が悪いのでしょうか。

これでよいのかと迷ったり、救われないのではと不安を募らせたりする必要はありません。まずは、自分が置かれた状況をそのまま受け止め、その中で、今の時期に自分が何を見詰め、どこから取り組めばよいかを確認することです。それがつかめれば、着実に前進できます。一つ一つ手応えを感じながら、取り組む意欲も増すことでしょう。そのために、折に触れて、教務相談を活用することをお勧めします。
もちろん、神に救いを求める本人の、真剣な気持ちが必要です。神という存在に真摯に向き合うことです。朝夕のご挨拶や、折に触れての祈願も、真心を込めることです。そして、心から救いを求める気持ちで、各種授業や教会図書で学んでみてください。そこに、必ず心に響く言葉や内容があり、生きるヒントが得られるでしょう。
人生とは、自分が歩む中で自然と形になっていくものです。「教え」を心の支えに生きていけば、「これが私の人生」「これでいいんだ」と感じられる人生に、必ず変わっていきます。教えを学び、気付き、自分のものにしていく積み重ねで、自然と生き方がより良く変わり、取り巻く環境も変わっていきます。教えに生きる気持ちがますます引き出され、毎日が明るく、楽しくなっていくはずです。

 

Q 集まった会費や寄付の用途は?

会費以外に、何かの寄付が必要でしょうか。また、集まった会費や寄付などは、何に使われているのですか。

毎年の教会費は、信者各位が翌年のご守護を願って前年に納めるものです。神示教会では、一律に寄付を募ることはなく、信者として歩む上で必要な経費は、教会費以外にはありません。この教会費は、一人一人が信者と籍を置いた喜びを味わえるように、神の教えを学べる環境づくりを目的として使われます。具体的には、教会施設の維持、管理をはじめ、運営経費や通信費などに充てられています。
一方、神示教会に出入りする人の中には、救われた感謝から喜捨したり、新たな館の建設計画に協賛し、「みんなのために…」と奉納したりする人も少なくありません。そうした真心からの浄財は、全国津々浦々に神の館を整備するために、大切に使われています。教会費の主な用途と、施設整備などの報告は、年ごとに公表されています。

 

Q 信者ではない家族の理解を得るには?

我が家では、自分だけが信者です。初詣や神玉祭には一緒に行ってくれますが、「家族で教えを…」という状態からは程遠いのです。どうすれば、家族に分かってもらえるでしょうか。

最も確かな方法は、信者と籍のある自分自身が変わっていくことです。妻の立場にある人ならば、夫の意向を尊重し、立てていくことです。自分が夫であるのなら、妻を優しく気遣って、しっかりと支えることです。祖父母であれば、子や孫を温かく見守っていきましょう。
心の教えを学んでいる自分だからこそ、神がお教えくださる愛の心で家族に触れ、優しい言葉、温かい言葉をふんだんに使っていくことです。日々の会話を通して心を通わせながら、自分の立場に見合った行動を取り、これまで以上に気持ちよく、積極的に家族に尽くしていきましょう。そうして教えを実践することで、自分自身の人生が引き上げられていきます。また、尽くす思いは、家族にも伝わります。やがて、家族それぞれが「支えられている」と感じるようになり、神の教えの素晴らしさにも気付き、自然と勉強会などに足を運んでみたくなるはずです。実際に、そうした経過をたどる家庭が多いのです。
神示教会では、未在籍の人も気軽に参加できるように、多彩な分野の専門家による講演会を行っています。希望する方は、勉強会にも出席できます。また、各種の図書を取りそろえています。ご家族の気持ちに合わせて、どうぞご活用ください。

 

Q CMや新聞広告などのメディアを使って宣伝をしないのはなぜ?

友人に教会の話をしたところ、「そんなに力のある神様なら、テレビで宣伝すればいいのに…」と言われました。「なるほど…」と思ったのですが、どうして宣伝しないのですか。

テレビや新聞などで情報を得ても、そこに実感を伴うためには、体験が必要です。五感に頼る人間は、「読みやすい文字」「甘めの味」「大好きな香り」などと、五感を通してつかめることは認識しやすいです。半面、空気や人の心のように、視覚、聴覚などで捉えられないものを理解することは難しいでしょう。神という存在も、姿形がないため、人間にはなかなか認識できません。「神を信じる」と言う人がいる一方、「半信半疑」「信じられない」と、否定に近い感情を抱く人もいます。
ところが、そのような人であっても、神示教会で教えを学び、それを日常に生かすことで、神の存在が実感できるようになっていきます。日々の出来事を通して、守られている不思議さを体感し、ますますその存在に興味を持ち、神の言葉に共感が湧いてくることでしょう。全国各地の教会施設では、求める誰もが教えに触れられるように、広く門戸を開いています。参拝したり、授業に参加したり、自ら出入りするうちに、その人なりの手応えを必ず感じることができます。神示教会では、そうした共感や感動を味わってほしいと考えています。

 

Q 神示教会で言う「地域」とは?

「地域にはたくさんの仲間がいるから、ご一緒しませんか…」と誘われましたが、一人で動いた方が気楽だし、相手に気を使わせてしまうと思うと、つい尻込みしてしまいます。地域とは、どのようなところですか。

地域は、いくつかの班の集まりです。同じ教えを実践する人の中でも、住居地の近い同士が集う環境です。各地域には、窓口役の職員も配置されています。
人間は、十人十色です。家族や親友でも、常に仲良く支え合って暮らすことは、難しいのではないでしょうか。だからこそ、同じ教えを学ぶ人同士が、その教えを実践し、共に仕合せになれるようにと切磋琢磨する場として、地域を活用していくことです。学んだ教えは、多くの人との出会いを重ねる中で、人柄として身に付いていきます。「このようなとき、どう判断すれば…」「自分の良さを役立てるには…」などと、人生のあらゆる問題について解決の糸口を探る上で、指針となる考え方が同じということは、どれほど調和しやすいことでしょうか。人との出会いを広げ、人生を価値あるものとするために、地域の人たちと触れ合う機会を大切にしていきましょう。

 

Q うつ病の我が子の将来が不安

我が子がうつ病を患い、もう20年以上も自宅で過ごしています。最初は治ってほしいと願っていましたが、今では「仕方がない」と、諦めにも似た気持ちです。それでいて、将来を考えると、不安でたまりません。家族として、どうすればよいのでしょうか。

今必要なことは、本人も、家族も教会に出入りして、会話のある家庭の姿を知り、教えに生きることがどれほど大切かをつかむことです。家族が一丸となって、教えを心の支えに生きる努力を重ねると、自然と一人一人の気持ちが明るくなって、心身の状態も上向いていくはずです。本人も、家族も、病気の現状を受け入れて、適切な治療を受けることもできるでしょう。また、必要に応じて福祉の窓口を尋ねるなど、視野を広げることも大切です。
神にすがる目的は、人生にいろいろなことが起きても、全ては自分の人生のひとこまと受け止め、悔いを残さない歩み方をすることです。現代社会に生きる中で、心身のバランスを欠くこともありますが、神の教えに生きたなら、家族で支え合って力強く前進できます。

 

Q 苦手な人とうまく付き合っていくには?

職場や学校だけでなく、家族や友人の中にさえ、苦手に感じてしまう人がいます。誰とでもうまく付き合っていくためには、どのように祈願をすればよいのでしょうか。

物事を判断する基準となるものは、各自が無意識に持っている感覚です。その感覚が近い人とは、無理なく意見が合うはずです。一方、自分の感覚や価値観と隔たりを感じる人には、触れるたびに違和感を覚えることでしょう。次第に、「考え方がおかしいのでは…」「自分は苦手」という思いが募ってしまうのです。
神が説かれる真理を学んでいると、物事を捉える幅が広がります。さまざまな出来事を広い視野で捉え、客観的に見られるようになるため、どのような人に触れても、「自分にも言えることでは…」「人のことを言うよりも、自分の糧にしなければ…」などと、受け止め方が全く違ってくるのです。また、自分の課題に気付くこともでき、「もっと心にゆとりを…」「自分から会話を…」というように、祈願の内容も変化してくるでしょう。
「誰とでも仲良くなりたい」と祈願していても、考え方が狭いままでは、限られた人としか分かり合えません。人に対する苦手意識は、「許せない」「この人はおかしい」という思い込みによって生み出されています。人間は、多くの人と仲良くできるほど、自分の人生が磨かれていきます。誰とでも調和できる自分へと心を磨いていくために、神の教えを学んでいきましょう。

 

Q 教えを学ぶゆとりがない場合はどうすれば?

仕事に追われる毎日です。休日はゆっくり休みたいし、たまには趣味に没頭してストレスを解消したいと思っています。教会に学びに行こうと誘われますが、時間が取れません。もう少し暇ができてからではいけませんか。

仕事はもちろん、趣味であっても、心身の健康があればこそ味わえるのではないでしょうか。仕事や趣味に有意義な時間を使っていくためにも、教えに触れることをお勧めします。今の生活リズムの中に少しずつ、教えに触れる時間を設けていくことです。まずは月に一度でも、授業で神の教えを学ぶことを心掛け、それが難しい時期は、テキストとなっている教会図書を、少しずつ読んでみてください。生きるヒントが得られるはずです。
忙しい生活だからこそ、予想外の迷いや悩みが生じることもあるでしょう。そのようなとき、的確な判断を下し、適切な行動が取れるようにと導いてくれるのが、神の教えです。食事を毎日取るように、毎日教えに触れていれば、問題が生じても、「これは、自分が頑張ること」「今は、見守っていればいい」などと、必ず解決の糸口が見えてきます。
神の教えは、頭で難しく捉えるものではありません。「なるほど…」「そうしてみよう」と、素直に心で触れることです。教えに沿って生きることで、心と体の調和が取れ、仕事も、趣味も生きてきます。たとえ少ない時間でも、学ぶ機会を積み重ねていくことで、毎日の生活が充実し、生きる楽しさを実感できるはずです。

 

Q 神を頼らず、自由に生きたい

何でも神を頼るのではなく、自分を信じて生きていきたいです。何かの枠にとらわれず、自由に生きたいと思ってはいけないのですか。

人は誰もが、社会の役に立ち、自分も満足な人生を送れるように、運命という力を神から与えられています。ですから、自分の能力を十分に発揮できれば、人から喜ばれ、充実した日々を送ることができます。
ところが、必ずしもそのような人ばかりではありません。例えば、肝心なところで尻込みしたり、自分の考えにこだわったり、困難に打ち勝つ強さが持てなかったり…、さまざまな性格から、持ち前の良さを発揮できないこともあります。また、一時の感情で行動し、後悔することもあるでしょう。いずれにしても、完璧な人間はいないため、失敗することもあれば、欠点が良さを打ち消すこともあるのです。
神から学ぶものは、人生を歩む上で確かな指針となる生き方です。自分に磨きをかけるために、そこから毎日の中に応用する知恵を養っていきましょう。神の教えは、いつの時代も変わらない、この世の仕組みです。人間とは…、親とは…、仕事とは…、努力とは…、生きがいとは…などと、真理をふんだんに学ぶことで、毎日の中で迷ったり、悩んだりすることが少なくなっていくはずです。時に困難に直面しても、それが自分の糧と返ります。その結果、悔いのない、充実した人生を歩めるのです。
運命の力に頼って生きることこそ、真の自立の姿です。自分の運命の力を引き出すために、「教え」を学び、祈願することです。運命という素晴らしい力を持っていることを信じて、力強く生きていきましょう。

 

Q 子供の信者籍登録の時期は?

幼い我が子の信者籍登録を勧められ、少し驚きました。自分は大人になってから信者となったため、「いずれ本人の気持ちを確かめて…」と思っていましたが、それでは遅いのでしょうか。

幼児であっても、一人の人として気持ちを尊重することは大切です。ただし、すやすやと寝息を立てている赤子に対して、「何が欲しい?」「どこへ行きたい?」と、いちいち尋ねることはできません。心身の健やかな成長を願い、「これが良い」「あれも良いのでは…」と、おのずと保護者が選択し、決定しているはずです。愛する我が子のためにと考えながら、独り立ちする日まで導いていくことでしょう。
神示教会への在籍も、他の事柄と同様です。人間は、生まれた時から神の実在を感じて生きるほど、神から与えられた良い運命に導かれ、仕合せになれる生き方ができるものです。自分自身が神の教えを学び、それを生かす中で毎日が変わっていく素晴らしさを体感していれば、何らためらうことなく「我が子も神の守りの中に…」と願うはずです。

 

Q なぜ班に入らなければいけないのか?

信者になると、なぜ班に入らなければいけないのですか。

神の教えを学び、それを実践することは、一人一人の生き方に関わる問題です。人に干渉されたり、強制されたりすることではありません。では、なぜ班に所属する必要があるのでしょう。
人として生を受けた以上、誰もが仕合せな毎日を送り、悔いのない人生を手にすることができます。そのために必要な生き方を学び、身に修めることのできる環境、それが神示教会です。班内の人間関係に神の教えを生かすことで、多くの人と正しい関わりを深めることができ、毎日がますます豊かになっていきます。
それぞれの班には、連絡役の係がいます。「このような授業が…」「その質問は、〇〇窓口へ…」「機関紙の『友輪』を…」などと、タイムリーに情報を伝えながら、神示教会の環境を迷わず使いこなせるように案内していく立場です。班の係や紹介者から届く情報を生かして、自らが最寄りの館に出入りし、神示に触れるうちに、心の喜びをたくさん味わえることでしょう。
やがて、「毎月の授業が楽しみに…」「考え方を確認しようと相談へ…」「人生の節目に儀式を…」などと心を寄せる機会が増えるにつれて、家族や友人、知人へと、教えを共有する人の輪が広がっていくはずです。

Q 交際相手に教会のことをどう伝える?

交際相手に神示教会の話をしました。思い切って「行ってみない?」と誘ったのに、「宗教は嫌いなので…」と、気乗りしない様子です。一緒にいると楽しいし、交際は続けたいと思うのですが、どうすればよいのでしょうか。

最初は「宗教」と思い込まれても、無理はありません。相手の不安や疑問に素直に耳を傾けてみることです。そこから会話がつながり、誤解を解く糸口も見つかってくるでしょう。
神の教えを学び、日常に生かしていると、触れ合う人に良い印象を与えるはずです。そうした日々の中で、「この人は信頼できる」「そのような教えならば…」と、相手の気持ちが変わってくることも少なくありません。やがて、教会の図書を読んでもらったり、実際に足を運んだりする機会が持てるようになれば、ますます誤解は解けていきます。今は、相手の気持ちを尊重しつつ、自らの姿を通して神示教会の価値を感じてもらえることに自信を持って、教えの実践に取り組んでいきましょう。

 

Q 社会人になった子供に教えを学ぶ大切さを伝えたい

社会人になった子供が、教会に出入りしなくなりました。小学生の頃は一緒に参拝しましたが、今は誘っても断られてしまいます。「教えは分かっている」「自分の力を試したい」そんな言葉を聞くと、親として不安になります。教えを学ぶ大切さを、どう伝えればよいのでしょうか。

子供といっても、別の人間である以上、自分の考えを持つのは当然です。人生経験のある親から見れば不安でも、そのたびに「教会に行って…」と勧めては、「しつこいなあ」「束縛しないで…」と、反発を招くかもしれません。我が子の状況や気持ちをしっかりと受け止めることです。
仕事や勉強などで多忙なら、青年向けの図書を渡してもよいでしょう。「役に立つから、少しずつ…」と、負担にならないように伝えることです。大切なことは、親自身が教えを実践し、心豊かな毎日を送る姿を我が子に示していくことです。人として生きる手本を見せていく中から、親子の会話も増え、教えを学ぶ大切さが自然と伝わっていきます。また、親子で会話する折には、真理で物事を判断し、その時々に我が子の共感を呼ぶ的確な判断や対応が、教会に思いを向けることにもなるでしょう。

 

Q 家族が体調を崩したときにできることは?

入院している夫の病状が、なかなか回復しません。妻の私が代わりにお願いしてもいいですか。

肉体を持つ人間にとって、病気やけがは付き物です。体調を崩した本人が、現状をしっかり受け止めて、療養に努めることができるように、神に救いを求めましょう。体調が悪いと、「なぜこんな状態に…」「この先どうなるのか…」などと気持ちも乱れがちです。落ち込んだり、焦ったり、周りに当たったり、時には、不安に押しつぶされそうになることもあるでしょう。そのようなときほど、妻は、夫のつらい気持ちが和らぎ、穏やかな心を取り戻せるようにと支えることです。また、妻として夫を支えられるようにと神に願うことです。
さまざまな不安や苦労もある中で、病人を支え続けていくことは、家族であっても容易ではありません。だからこそ、いつも以上に気持ちが休まる温かい家庭となるように、神にお願いしながら日々の会話を大切にして、環境を整えていくことです。人間は、心が通い合う温かい環境で過ごすほど、内に秘めた治癒力や回復力が引き出されていきます。家族の温かい支えが、病人に大きな力を与えます。それぞれの役割を果たせるように、各自が神に願いながら、力を合わせて乗り越えていきましょう。

 

Q 結婚する気のない子供にその気になってもらうにはどうすれば?

我が子が社会人になってから、「今度は、早く良縁を…」と願っているのですが、当の本人は、まだ家庭を持つ気持ちがないようです。親として、何かできることがあるでしょうか。

我が子の良縁を願う親は多いものです。大切なのは、ただ縁を求めるだけでなく、末永く円満な家庭生活を営めるように、親として準備をしていくことです。
そのために、心の教えを実生活に生かし、ますます温かい家族関係を築いていきましょう。その中で、家族それぞれの良さが引き出され、我が子も社会で立派に活躍できるようになっていきます。人との交流も広がり、自然と周りから声が掛かって、将来の伴侶との出会いも生まれてくるものです。そうした一つ一つの出会いを生かし、良い縁へと育むためには、本人はもちろん、家族それぞれの人柄を磨き、ますます高めていくことです。
人生は、一人一人違うものです。やがて我が子が真の縁を見いだし、心安らぐ家庭を築いていけるように、周りと比べて焦らず、親として温かく支え、大きな心で見守っていきましょう。

 

Q 長い間教会から遠ざかっていたが、やり直せるのか?

仕事や結婚、転居などで環境が変わり、しばらく教会から遠ざかっていました。何年も教会費を払っていない状態で、いまさら足を向けるには敷居が高く感じます。自分の時間が少し取れるようになり、いつも声を掛けてくれた友人にも申し訳なく思っているのですが、どうすればよいでしょうか。

環境が変わると、思うように動けないこともあるでしょう。そのような中でも、友人を介して神示教会と縁がつながっている幸運を生かして、気軽に教会へ出入りしてみてください。
この教会には、神の言葉、神示があります。神示は、変わることのない真理です。何もかもが真理に沿って動き、もちろん人間も、自然界の大きな仕組みの中で生かされています。ですから、満ち足りた、悔いのない一生を送るためには、神が表される神示から、この世の仕組みを学び取り、毎日の生活に生かしていくことです。
人として生きる目的は、仕合せ、幸福の実現です。温かい家庭、心身の健康、やりがいのある仕事に恵まれ、希望を持って毎日を過ごし、何の悔いもなく生涯を歩みきり、そして再び幸福な人生へと生まれてくることができる…。そのような姿を自分が実現し、子孫へとつないでいくことです。この教会には、そのための確かな指針があります。
神の教えを実践すれば、必ず心の喜びや奇跡が味わえます。自然と感謝が湧いてきて、滞っていた教会費の支払いなども、義務感ではなく受け入れられるはずです。「きょうから再スタート」頑張ってください!