喜びの声

神の教えを学び、実践できるよう、神に思いを語りながら日々を過ごすと、人生は必ず好転していきます。そこに、見えないけれど確かに存在する神のお力、大きなご守護の中で生かされている感謝が湧き上がります。そんな喜びを味わわれた皆さんの声をご紹介します。

 

New奉仕心の実践に取り組んだら…

(50代女性/会社員)

昔から、周囲の人と調和できず、人間関係で悩みの多かった私。ある日、勉強会で、働いている人は、勤め先やお客さまなどのために奉仕の心で尽くすのが道であると教わったのが、生き方を変える転機となりました。
聞いた時、それまでの自分を反省し、「これからは、職場で奉仕の心を生かしていこう」と心に決めました。そして、働いているスーパーが繁盛するには、お客さまに喜ばれる対応が大切と思い、それまで以上に気配りに努めたのです。やがて、お客さまから、「あなたがいるから、このお店に来るのよ」と言われるまでになりました。
「どうすればお客さまに喜ばれるか」「会社の役に立てるか」「自分には何ができるだろう」という気持ちで取り組んでいると、仕事への意欲がどんどん膨らみます。不思議と同僚とも気持ちが重なり、人間関係の悩みが消えてしまったのです。最近は、朝目覚め、わくわくした気持ちで出掛けています。

 

親との会話を心掛けてみると…

(10代男性/高校生)

僕は、親とあまりいい関係を持てていませんでした。勉強のことなどで、口うるさく注意されるのが嫌だったのです。だから、用事があるときしか話し掛けませんでした。でも、教会の勉強会で、「家族に気持ちを素直に話すことが大切」と何度も学ぶうちに、自分ができていないところを突かれている気がして、「実践しなければ」と思うようになったのです。
学校での出来事や、弁当を作ってくれたお礼など、勇気を出して伝えてみると、驚きながらも、うれしそうでした。友人関係で悩んだときは、僕の気持ちを受け止めながら、アドバイスしてくれて、とても心が楽になりました。「親は、僕のことを一番分かっていて、大切に思ってくれているんだなあ」と感じてうれしかったです。
家に帰ると、今まで以上にほっとします。前よりも心が明るくいられて、家でも、学校でも楽しく過ごしています。

 

儀式で見えた大切なこと

(40代女性/主婦)

祖父母の代から住んでいた実家を取り壊して新築するに当たり、その敷地で教会の清めの儀を行ってもらいました。儀式中、神示を聞きながら、「ああ、自分は感謝が少しもなかった」と思いました。
この土地は、昔、境界線について、隣人ともめたことがあったのです。親同士が決着をつけたものの、私自身、心のどこかに相手を責める思いがくすぶっていました。それが、儀式を通して、「うちの土地と思っていたけれど、大きな目で見れば地球の一部を使わせていただいているだけ」「数十センチにこだわって悶々とするなんてもったいない」という気持ちになりました。家族とも、「大切な土地だから、感謝して使わせてもらわないとね」と話しました。
工事の前、夫とあらためて隣家に挨拶に伺いました。迷惑を掛ける旨とともに、心を込めて「今後もよろしくお願いします」と伝えると、相手からも「こちらこそ」と笑顔が返ってきました。新築を機に、人として大切なことを思い出せました。

 

人を批判する気持ちが薄れて…

(70代男性/会社員)

以前は、街を歩いていても、近所の人と行き会っても、「マナーが悪い」「挨拶もしない」と腹を立てていました。しかし、人を嫌ったり、批判したりするのは、天に向かって唾を吐くようなもので、自分の人生を傷つけると勉強会で聞いて、はっとしました。他人の言動に目くじらを立てる心が、どれほど人生を暗くしていたか…。マナーは自分が守ればよいこと、挨拶も自分から気持ちよくすればいいのだと気付けたのです。
そのうち、電車で我先にと座る人を見ても、「疲れているのだろう」と気にならなくなりました。傘をぶらぶらさせている人がいても、「自分は気を付けよう」と思えます。知り合いに進んで声を掛けるようになると、人と触れるのが楽しくなってきました。神の教えを通して、穏やかな心で生きる大切さを学んできましたが、その時々の心の動きが毎日を楽しいものとし、ひいては人生を仕合せ色に染めると分かった気がします。「もう心の動きをおろそかにすまい」と誓っています。

 

夫婦の心が重なる安心感を味わえて…

(40代女性/パート勤務)

両親を早く亡くした私にとって、年の離れた兄は親代わりで、絶対的な存在でした。教会の授業や図書では、仕合せの基本は調和の取れた家庭で、夫婦の心の重なりが大切と教えてもらっています。それを頭で理解しても「夫婦げんかをするわけでもないし」と、自分の都合のいいように考え、何かあればすぐに兄を頼り、夫婦の会話は多くありませんでした。
昨年、しゅうとめと同居する話が進み、どう関わっていけばいいのか悩みました。でも、こういうときこそ神の教えを生かすときと感じ、何度も学び、教務相談で心の在り方を確認しました。すると、夫に頼らず、知らず知らずのうちに夫をないがしろにしていた自分が見えてきたのです。これがきっかけとなり、一つ一つ夫に確認したり、話し合ったりしました。今では、ささいなことでも、お互いに思いを伝え合えます。夫婦の心を重ねられることが、こんなにも仕合せなことかと、しみじみ安心感を味わえるようになりました。

 

役立つ自分を目指して

(20代男性/会社員)

大学卒業後、憧れの企業に就職して2年。任されるのは裏方の仕事ばかりで、思い描いていたものとは程遠い現実に、モチベーションは下がる一方でした。しかも、上司には細かく注意され、「何のために働いているのだろう」とだんだんつらくなりました。
それでも、勉強会で学び、祈願する中で、心の変化がありました。「雑務でも任されるのはありがたいこと」「100%以上の気持ちで動いてみよう」と、目の前の仕事に精いっぱい向き合う気持ちが生まれたのです。
今は、一つ一つの仕事に「少しでも役立てるように…」という思いで取り組んでいます。最近は、周りに「お前に任せれば安心」と言われることも増えました。それがうれしくて、ますますやる気が湧いてきます。人の役に立つことが、こんなにも自分の喜びになるとは思いもしませんでした。
以前は転職ばかり考えていたのがうそのように、毎日が楽しいです。会社に、社会に役立てるように、もっと頑張りたいと思います。

 

病を機に引き出された感謝

(50代女性/主婦)

「なぜ私ばかり次々と病気に…」と、半年前の私は思っていました。2年前に狭心症でカテーテル手術を受けたものの、今度は違う血管が細くなっていると検査で分かり、再手術に。こんなことが一生続くのかと気が重くなりました。
そんな時、勉強会で聞いた「真の健康は、心と体の調和にある」という言葉が心に残りました。苦しい気持ちを祈願するうちに、「見つけてもらえたのはラッキー」「しっかり治療しよう」と、前向きになってきました。夫や息子の励ましも、どれほど大きな力になったか知れません。
手術には、自分でも驚くほど穏やかに臨めました。「心臓さん、いつも頑張ってくれてありがとう。あなたを支える手術を受けるね」と、語り掛けていた私です。
現在は通院治療中ですが、何の不安もありません。それどころか、ご飯を食べられること、家族と過ごせること…、ささいな一つ一つを「ありがたい」と感じ、心は仕合せ感でいっぱいです。病気が私に大切なことを教えてくれました。

 

イライラの原因は自分の心に

(80代女性/主婦)

私は我の強い性格で、家族の言葉や行動にこだわり、すぐにカチンときていました。同居の息子夫婦にもイライラすることが多く、「自分は悪くない、相手が間違っている」と思っていたのです。
ところが、神の教えを学ぶたびに、自分の心にこそ、正すべきところがあると気付くようになりました。気付いては祈願し、また学ぶことを繰り返すうちに、こだわる心が取れ、いつも穏やかな心でいられるようになりました。
先日も、私が台所に立つと、嫁から「洗い物は私がします」と言われました。以前の私なら「それくらいできる」と意地を張ったり、「私のやり方が気に入らないの?」と心の中で責めたりしたでしょう。でも、自然と「そう、ありがとう」と、嫁の気遣いに感謝できました。心が穏やかにいられるおかげで、家族との会話も温かいものになっています。

 

体は不自由でも、心は健康に…

(50代男性/会社員)

15年前に多発性硬化症を患い、車椅子で生活しています。教会の授業で、体が不自由でも、心は健康に…と学んだことを心に留めて、「足が悪くてもつえを使えばいい。つえが駄目なら車椅子がある」と、自分の気持ちを切り替えてきました。今でも、不思議と不安はありません。
また、人に頼ることの大切さも知りました。以前は、「周りに迷惑が掛かるから…」と自分の思いを抑えていました。しかし、障害のある人たちが学ぶ供の会に出席するうちに、考えが変わってきました。「周りの人には迷惑を掛けるけれど、それが今自分が生きている証し。いろいろな人にお世話になって、お礼や感謝の思いをどんどん伝えていこう」と思ったのです。
先日、コンビニに入る時、金髪の若者が手動のドアを開けてくれました。「ありがとうございます。助かりました」と言うと、はにかんだ笑顔が光っていました。自分が人を頼ることが、相手の喜びになることを実感し、何だかうれしくなりました。

 

ゆとりある心で介護を…

(60代男性/無職)

定年退職して数年後、同居している母が病に倒れ、介護が必要になりました。子供たちは巣立ち、妻は仕事があるため、介護できるのは私だけ。兄弟は遠くに住んでいるので、頼れません。私なりに頑張っていましたが、だんだん心がきゅうきゅうとしてきました。
そんな時、教会の書籍で、家族は支え合うものであり、何でも話すことが大切と学び、はっとしました。「言わなくても分かるだろう」と誰にも相談することなく、「何で俺ばかり」「誰もこのつらさを分かってくれない」と決め付けていたのです。
最初は、声を掛ける勇気が出ませんでしたが、祈願すると、「一人で抱え込まず、とにかく話してみよう」という気持ちに。思い切って妻に話し、兄弟に話すうちに、みんなが理解してくれるようになってきました。最近は、兄弟が母の顔を見に来る機会が増えました。みんなが話している様子を、母はいつもうれしそうに見詰めています。その笑顔を見て、みんなで話し合えるようになってよかったと思っています。

 

育児の焦りが消えて…

(30代女性/主婦)

私は、子育てに自信が持てず、いつも心がきゅうきゅうとしていました。子供が小学生になると、他の子を見て、「うちの子はこんなこともできない」と、ますます焦りが増していったのです。
教会では、何事も夫婦で共有し、話し合うことが大切と学んでいます。なので、何でも話してはいましたが、夫の考えが違うと納得できませんでした。それでも何度も教えを学ぶうちに、我が子の良さに目を向けていなかった自分に気付いたのです。
思えば、できないことを責め、頭ごなしに叱ってばかり…。なるべく優しい言い方を心掛けるようになってから、焦りが消え、我が子の良さが見えてきたのです。
いつしか子供を褒めることが増え、娘もうれしそうです。子供の良さを伸ばしてあげられるように、夫と二人で頑張ります。

 

ぎすぎすしていた夫婦関係に変化が

(50代男性/会社員)

結婚して二十数年の私たち夫婦。少し前まで、口を開くと責め合ってばかりいました。朝のごみ出しや食事の片付けをするのが私の日課ですが、「せっかくやっているのに、ありがとうのひと言すらないのか」と、不満が募っていたのです。
しかし、神の教えを学ぶたびに、夫婦の和が大切と言われます。何度も学ぶうちに、自分の大変さばかりに気を取られ、妻の大変さを見ていなかったことを反省。少しずつ「自分にできることは…」と考えるようになっていったのです。気持ちが変わると、それまで嫌々やっていた片付けも率先してするように。そのうち、妻から「疲れているのに悪いね」「いつもありがとう」などと言われることが増えたのです。最近は、一緒に過ごす時間が何より楽しいと思い始めています。

 

目が見えなくても人生は楽しめる

(60代男性/無職)

徐々に視力が低下し、いずれ失明すると宣告されてしまいました。仕事も辞めざるを得ず、不安と絶望感に襲われて引きこもり状態に。そんな時、知人が教会に連れていってくれたのです。神殿でつらい気持ちを祈願し、体に障害のある人向けの勉強会に出席。体が不自由でも、明るく力強く生きている人たちの姿に感銘を受けました。
知人の支えもあって少しずつ前向きになり、やがて白杖を使って一人で外出できるようになりました。助けてもらうことばかりでしたが、自分を卑下することもなく、ちょっとした会話も楽しめたのは、神に心が守られ、神の教えを生かせたおかげと思います。食事のときは食材の香りを堪能し、雨音も心地よく感じる自分…。見えなくなってからの方が、心は豊かです。今までにたくさんの人から頂いてきた愛を、今度は自分が周りの人たちに返せるように、人との出会いを大切に触れ合っていきたいと思います。

 

がんと診断されても心は絶好調

(60代女性/主婦)

がんと診断されました。本来の自分は心配性で、いつもなら「どうして私が…」「これからどうなるの」と不安で、居ても立ってもいられなかったはずです。
ところが、日頃から神の教えを学び、祈願しながら、明るく、強い心で生きようと心掛けてきたおかげか、「見つかってよかった」「しっかり治療しよう」と思う自分がいたのです。家族と話すうちに、もっと気持ちが明るくなり、「私は大丈夫」という安心感に包まれていきました。
ありがたいことに、手術も不安なく受けることができ、無事に終わりました。抗がん剤投与のために通院は必要ですが、家族に助けてもらいながら頑張ろうと前向きです。不安がよぎることがあっても、祈願すると、不思議と「落ち込んでなどいられない」という気持ちが湧き上がってきます。病を抱えていながらも、心は絶好調、元気でいられることに感謝でいっぱいです。

 

厳しい上司と向き合えるように

(20代女性/会社員)

専門学校を卒業後、ケーキ店に就職しました。店長がとにかく厳しい人で、怒られることはしょっちゅう。パティシエは子供の頃からの夢でしたが、苦しい毎日に、だんだんとやる気がなえていったのです。
転職が頭をよぎる中、教会の授業に出席。若い時は素直、正直に生きることが大切と聞いて、はっとしました。日頃の自分は、分からないことがあっても遠慮して確認できなかったり、反発したりしていたのです。
そう気付いても、最初は勇気が出ませんでした。それが、祈願すると、力が湧いてきました。思い切って、「ここが分からないのですが…」と質問し、厳しい言葉も受け止めていくと、「細かく教えてくれてありがたい」「少しでも店の役に立てるように」と気持ちが変わっていったのです。今は、早く一人前になりたいと頑張っています。

 

経営が苦しい中でも心が強く、前向きに

(50代男性/自営業)

親からクリーニング店を引き継いで10年が過ぎた頃、近所にチェーン店が開店し、見る見る客が減少。本来の私なら、不安と焦りから精神的にまいっていたでしょう。それが、日頃から神の教えを学んできたおかげで、利益にこだわらず、自分の力を人のために…と、お客さまから信頼される仕事ができていたのです。
時折、気持ちがふさいでも、「仕事ができるのはありがたい」「お客さまのために誠実に」と、心を立て直し。今こそ、父が教えてくれた手作業ならではの技術を生かし、一枚一枚真心込めて丁寧に、誇りを持って臨もうと思いました。
次第に、「このお店の仕上がりは違う」「着心地がいい」とお得意さんたちが戻り、経営も安定してきたのです。苦しい状況でも人に支えられ、心が強く持てて正しい生き方を貫けたからこそと感謝しています。

 

娘の結婚を大反対していた心に変化が…

(50代男性/会社員)

娘が一回り以上年の離れた男性と結婚したいと言い出しました。仕事ができて、頼れる人のようですが、先々を思うと、不安は尽きません。私も、妻も大反対したところ、子供と大げんかになってしまいました。
このままではいけないと、夫婦で話し合いを重ねました。最初は、心配を口にするだけでしたが、少しずつ娘の気持ちを考えられるように…。「娘がそれだけ信頼する人なら、一度会ってみようか」となったのです。まずは娘と話し合おうと考え、「穏やかな心で子供の思いを酌み取れるように、自分たちの思いもしっかり伝えられるように」と祈願。おかげで、終始冷静に話し合えました。焦らず、感情的にならず、じっくり話すと、娘が将来のことをしっかり考えているのが分かって一安心。少しずつ二人を応援する気持ちになっています。

 

安心して治療を受けることが…

(40代男性/会社員)

潰瘍性大腸炎を患い、入院となった時は、症状のつらさに加え、将来が不安で仕方ありませんでした。そんな私を案じ、妻子や両親が交代で見舞ってくれたおかげで、少しずつ前向きに。いろいろ心配はありながらも、祈願するたびに穏やかな気持ちになっていくのが不思議でした。
治療してくれる医師や看護師への感謝も膨らみ、「回復を願ってくれるみんなの思いに応えたい」と、つらい治療にも耐えられました。状況が良くない中でも心が安心感に包まれ、大腸の全摘を告げられても、「医師に任せよう」と落ち着いて手術を受けられたのです。しかも、全摘を免れ、驚くほど投薬の効果が表れました。先生たちが、「こんなことは初めて」と口々に言うほどでした。
今は、定期的に通院しながら、仕事をしています。支えてくれたみんなへの恩返しの時と思って、精いっぱい頑張る所存です。

 

念願の我が子を抱くことができて…

(30代男性/会社員)

結婚して数年、子供に恵まれず、妻の妊娠が分かった時は手を取り合って喜びました。ところが、検診で赤ちゃんの位置が悪く、このままでは危険な状態と分かり、不安に押しつぶされそうに。何とか妻と励まし合い、祈願していくと、気持ちが落ち着いたのを覚えています。神の教えにあったとおり、「どんな状況でも、夫婦の心を一つにしよう」と、心に固く誓いました。
少しでも妻の心と体が休まるように、折に触れて励ましの言葉を掛け、それまで以上に家事を手伝いました。妻は、「体が楽」「あなたと一緒なら大丈夫な気がしてきた」と、穏やかな表情に変わっていきました。
ありがたいことに、次の検診では、「これなら大丈夫」と言ってもらったのです。その年の秋、念願の我が子を抱いた時は涙がこぼれました。妻と「夫婦で心を重ねて、大切に育てていこう」と語り合っています。

 

同期が先に昇進し苦しかった心が…

(40代男性/会社員)

今まで真面目に仕事に励んできたつもりです。しかし、同期入社の同僚が先に昇進し、「自分の方が会社のために尽くしてきたのになぜ…」とやるせなくて、仕事に身が入らなくなってしまいました。
そうした気持ちを祈願しつつ、教会の図書を開くと、仕事は自分の力を奉仕することや、誠実に生きることという言葉が目に飛び込んできました。思えば、心のどこかで、人と比較し、立場にこだわっていたのです。人は人、自分は自分でいいのだと、今与えられた仕事を会社のために…と取り組みました。しばらくすると、自分が役立てている実感が湧き、一歩上を目指す気持ちに。そうするうちに、周りの評価が上がり、新規プロジェクトの一員に選ばれ、ますます仕事にやりがいを感じるようになりました。

 

感謝の心で介護できるように

(60代女性/主婦)

同居の義母が脳梗塞から半身不随となり、認知症も発症。私は、介護のために仕事を退職しました。義母は私のことが分からなくなって暴れるように。一生懸命尽くしても感謝されず、夫は私に任せっきりで、「何で私ばかりが犠牲になるの」と不満が募って、心身ともに疲れ果ててしまいました。 祈願すると、「誰も行く道なのだから」と心を立て直せても、すぐに不満でいっぱいに。それでも、教えを学ぶうちに、現実を受け止めきれない心を変え、愛ある心を持ちたいと思いました。祈願と学びの繰り返しで、徐々に「自分の親にできなかった親孝行をさせてもらおう」と心が変化。言葉が理解できなくても、「桜が咲きましたよ」「気持ちのいい朝ですね」「痛い所はありませんか」と声を掛けると、義母は暴れることもなく、笑顔を見せてくれるようになったのです。今は、感謝しながら介護に当たっています。