喜びの声

神の教えを学び、実践できるよう、神に思いを語りながら日々を過ごすと、人生は必ず好転していきます。そこに、見えないけれど確かに存在する神のお力、大きなご守護の中で生かされている感謝が湧き上がります。そんな喜びを味わわれた皆さんの声をご紹介します。

 

New教えを知って、明るい自分に

(50代女性/パート)

パート先で出会った友人は、いつも明るく、はつらつとしています。それに比べて自分は、「私ばかり大変な仕事を回されて割に合わない」「他の人がもう少し動いてくれればいいのに」などと、何かと不満を募らせていました。いらいらだらけの毎日は苦しく、同じ職場で楽しそうに働く友人を見ると、だんだん自分が嫌になっていきました。「このままではいけない。いっそ辞めようか…」と思っていた時、その友人から神示教会のことを教えてもらったのです。「私も、この人みたいに笑顔で働きたい」と思って信者と籍を置き、一緒に神の教えを学び始めました。
勉強会を通して、仕事は奉仕の心で取り組むもの、誰にでも人に役立つ良さがあることなど、さまざまなことを教わり、自分の心が少しずつ変わってきました。最近は、パート先でも「大変なのはみんなも同じ」「何か手伝うことはあるかな」と、周りの人を思いやれます。そういう気持ちで動いて、「ありがとう」と言われたときのすがすがしさは、言葉にできません。少し心が明るくなったかなと思います。これからもしっかり学んでいきます。

 

心が守られる不思議と感動

(40代男性/会社員)

母が緑内障と診断され、医師から、「この先どうなるか分からない」と言われてしまいました。視力が落ちていく様子に不安はありますが、神の教えを学んでいると、驚くほど冷静でいられます。「先のことをあれこれ案じても仕方がない」「親子で過ごせる今を大切に、少しでも親孝行できるように頑張ろう」など、心にゆとりが持てて、いつも前向きでいられるのです。「自分の心が守られる」という不思議と感動を味わい、感謝しかありません。
自分の気持ちにゆとりがあるおかげで、母が不安と嘆いても、愚痴をこぼしても、「そうだよね、つらいよね」と優しく受け止められます。「俺が付いているから大丈夫だよ」「何の心配も要らないよ」と励ますと、母も安心するようです。
最近は、母も以前より穏やかになったと感じます。驚いたことに回復の兆しも見えてきて、親子で一緒に喜んでいます。

 

役立つことで生まれた自信

(50代女性/主婦)

ある日、歩いて知人宅に向かっていた時の出来事です。側溝から水が噴き出し、道路にまであふれている所がありました。急いで町内会長に伝え、市役所に連絡を入れてもらいました。
水があふれたのは、布団が側溝に詰まっていたためで、そのまま放置していたなら、床上浸水が起きたかもしれないとのこと。町内会長からは、「最近は、何かあっても見て見ぬ振りをする人が多いのに…。本当にありがとうございます」と大変感謝され、うれしくなりました。
いつも、教会の勉強会で「人には、必ず誰かの役に立つ良さがある」と学んではいても、あまり自信がなかった私です。それが、今回の出来事をきっかけに、その実感が持てるようになりました。最近は、「もっと人の役に立ちたい」という思いが一段と高まっています。自分にできることを見つけて、どんどん実践していきたいと思います。

 

立ち位置が見えて変わった心

(70代女性/主婦)

苦労の多かった私は、神の教えを学んでも、きれい事と感じることがありました。そんな中、息子の離婚問題が浮上。ふがいない我が子も、自分勝手な嫁も許せず、苦しくてたまらない時、信頼する姉から勧められ、あらためて教えを学ぶようになったのです。
半信半疑ながらも勉強会に出席するうちに、人にはそれぞれ立ち位置があり、それに合わせた関わり方があることを知りました。自分の家庭を築いた息子のことは、温かく見守ってやるのが、自分の役割だったのです。
2人のことを穏やかな気持ちで受け止められるように神に願ううちに、不思議と心が軽くなっていきました。気付いたら、息子にも、嫁にも優しい言葉を掛けられるようになり、「自分の心がこんなにも変わるなんて…」と驚きと感謝でいっぱいです。
まだ問題は解決していませんが、温かい気持ちで今後を見守り、2人で出す結論を冷静に受け止めたいです。そして、2人を応援してやりたいと思っています。

 

神の教えは絶対に必要なもの

(20代男性/大学生)

僕は、生まれた時から信者でしたが、参拝や勉強会にはほとんど行っていませんでした。というのも、神に頼る感覚が何となく恥ずかしかったのと、自分が努力することが何よりも大切だと思っていたからです。ところが、昨年始めた就職活動がことごとくうまくいかず、がむしゃらな努力だけではどうにもならないこともあると知りました。
どうしたらいいか分からず、不安で押しつぶされそうだった時、「気持ちが前向きになれるから…」という親の勧めで、友輝会に出席しました。「神は、みんなに良さを与えてくださっている。それを生かせるように努力することが大事」という内容が、心にずしんと響きました。そのためには、もっと教えを学ばないと…とも思いました。
今は、就活をしながら、勉強会にも毎月出席しています。学べば学ぶほど、人としてどう生きればいいのかがつかめて、感動します。授業の前後には、周りの人と話すこともあり、教会はとても温かい場所だと思います。
最近、母に「別人のように表情が明るくなったね」と言われました。神の教えは、仕合せに生きるために絶対に必要なものだと確信しています。

 

教会書籍から力をもらって

(60代女性/パート)

子宮に悪性の腫瘍が見つかり、摘出手術をしました。手術は成功し、無事に退院できたものの、その後の痛みは想像以上でした。負けるものかと思っていた心も、あまりの激痛で折れそうになってしまいました。
教会に行きたくても、外出すらできません。気持ちがめいっていた私の大きな支えになったのが、教会書籍でした。ある時、『心の正道』を読んでいると、ふと目に留まった一節がありました。「手術は成功しても、痛みを伴うものです。その痛みも、徐々に徐々に薄らいでいきます。人生は、このくらいのゆとりを持って生きていくことです」まるで私に直接言われているようで、はっとしました。私は、「早く治ってほしい」と焦ってばかりで、心のゆとりが足りなかったのです。
そこで、長時間の手術に耐えたおなかをさすりながら、「ありがとう、大丈夫だよ」と語り掛けるようにしました。痛みがつらいときも、『心の正道』に書かれていた言葉を思い出すと、自然と心が楽になれます。支えてくれる家族、友人、知人、全ての方への感謝が湧いて、つらいリハビリも、「よし、頑張ろう」と前向きに臨めるのです。教会書籍から生きるパワーをもらっています。

 

再び見られた妻の笑顔

(70代男性/無職)

長年連れ添った妻が認知症になりました。同じことを何度も尋ねられ、いくら説明しても理解しない状況に腹が立ち、つい大声を出してしまうこともしばしば。しばらくすると、妻はうつむいたまま、言葉を発しなくなってしまいました。
絶望的な気持ちで教会に足を運び、勉強会へ。学んでいるうちに、仕事で大変だったとき、妻が献身的に支えてくれたことがよみがえってきました。夕食を作り、夜中まで帰りを待っていてくれたこと。励ましの手紙をくれたこと。その優しさ、温かさを思い、申し訳なさでいっぱいになりました。そして、こんな状況だからこそ、妻としっかり向き合い、支えていきたいと思ったのです。
以来、いつも落ち着いて会話しようと祈願するように。やがて、教会が大好きな妻も、再び神の館に足を運び始め、笑顔で話すことが増えていったのです。「いらいらしたままでいたら、この笑顔は見られなかったかもしれない」と、感謝しています。

 

精神疾患の息子を支える心に

(60代女性/主婦)

40代の息子は、長年、精神疾患を抱えています。ところが、本人は治療に消極的。事の重大さを分かろうとしない姿に腹が立ち、感情的に叱ってしまうこともありました。暴れだすと手が付けられず、いつしか怖いと感じるようになっていたのです。
「何でこんなことに…」そんな気持ちで我が身を振り返ってみると、自分の至らなさが見えました。本人のつらさを分かってやろうともせず、否定していたのは、私でした。子供は、どれほど傷ついたか知れません。夫とあらためて話すうち、二人の中に「もっと息子の心に寄り添ってやりたい」という思いが膨らんできました。教えにあるとおり、家族の病は家族の問題。みんなで心を一つに向き合うことが大切と気付いたのです。
病状は一進一退を繰り返しながらも、少しずつ落ち着き始めています。息子も、治療に前向きになってきました。「どんな局面も、家族で力を合わせて乗り越えよう」と決意しています。

 

奉仕心の実践に取り組んだら…

(50代女性/会社員)

昔から、周囲の人と調和できず、人間関係で悩みの多かった私。ある日、勉強会で、働いている人は、勤め先やお客さまなどのために奉仕の心で尽くすのが道であると教わったのが、生き方を変える転機となりました。
聞いた時、それまでの自分を反省し、「これからは、職場で奉仕の心を生かしていこう」と心に決めました。そして、働いているスーパーが繁盛するには、お客さまに喜ばれる対応が大切と思い、それまで以上に気配りに努めたのです。やがて、お客さまから、「あなたがいるから、このお店に来るのよ」と言われるまでになりました。
「どうすればお客さまに喜ばれるか」「会社の役に立てるか」「自分には何ができるだろう」という気持ちで取り組んでいると、仕事への意欲がどんどん膨らみます。不思議と同僚とも気持ちが重なり、人間関係の悩みが消えてしまったのです。最近は、朝目覚め、わくわくした気持ちで出掛けています。

 

親との会話を心掛けてみると…

(10代男性/高校生)

僕は、親とあまりいい関係を持てていませんでした。勉強のことなどで、口うるさく注意されるのが嫌だったのです。だから、用事があるときしか話し掛けませんでした。でも、教会の勉強会で、「家族に気持ちを素直に話すことが大切」と何度も学ぶうちに、自分ができていないところを突かれている気がして、「実践しなければ」と思うようになったのです。
学校での出来事や、弁当を作ってくれたお礼など、勇気を出して伝えてみると、驚きながらも、うれしそうでした。友人関係で悩んだときは、僕の気持ちを受け止めながら、アドバイスしてくれて、とても心が楽になりました。「親は、僕のことを一番分かっていて、大切に思ってくれているんだなあ」と感じてうれしかったです。
家に帰ると、今まで以上にほっとします。前よりも心が明るくいられて、家でも、学校でも楽しく過ごしています。

 

儀式で見えた大切なこと

(40代女性/主婦)

祖父母の代から住んでいた実家を取り壊して新築するに当たり、その敷地で教会の清めの儀を行ってもらいました。儀式中、神示を聞きながら、「ああ、自分は感謝が少しもなかった」と思いました。
この土地は、昔、境界線について、隣人ともめたことがあったのです。親同士が決着をつけたものの、私自身、心のどこかに相手を責める思いがくすぶっていました。それが、儀式を通して、「うちの土地と思っていたけれど、大きな目で見れば地球の一部を使わせていただいているだけ」「数十センチにこだわって悶々とするなんてもったいない」という気持ちになりました。家族とも、「大切な土地だから、感謝して使わせてもらわないとね」と話しました。
工事の前、夫とあらためて隣家に挨拶に伺いました。迷惑を掛ける旨とともに、心を込めて「今後もよろしくお願いします」と伝えると、相手からも「こちらこそ」と笑顔が返ってきました。新築を機に、人として大切なことを思い出せました。

 

人を批判する気持ちが薄れて…

(70代男性/会社員)

以前は、街を歩いていても、近所の人と行き会っても、「マナーが悪い」「挨拶もしない」と腹を立てていました。しかし、人を嫌ったり、批判したりするのは、天に向かって唾を吐くようなもので、自分の人生を傷つけると勉強会で聞いて、はっとしました。他人の言動に目くじらを立てる心が、どれほど人生を暗くしていたか…。マナーは自分が守ればよいこと、挨拶も自分から気持ちよくすればいいのだと気付けたのです。
そのうち、電車で我先にと座る人を見ても、「疲れているのだろう」と気にならなくなりました。傘をぶらぶらさせている人がいても、「自分は気を付けよう」と思えます。知り合いに進んで声を掛けるようになると、人と触れるのが楽しくなってきました。神の教えを通して、穏やかな心で生きる大切さを学んできましたが、その時々の心の動きが毎日を楽しいものとし、ひいては人生を仕合せ色に染めると分かった気がします。「もう心の動きをおろそかにすまい」と誓っています。

 

夫婦の心が重なる安心感を味わえて…

(40代女性/パート勤務)

両親を早く亡くした私にとって、年の離れた兄は親代わりで、絶対的な存在でした。教会の授業や図書では、仕合せの基本は調和の取れた家庭で、夫婦の心の重なりが大切と教えてもらっています。それを頭で理解しても「夫婦げんかをするわけでもないし」と、自分の都合のいいように考え、何かあればすぐに兄を頼り、夫婦の会話は多くありませんでした。
昨年、しゅうとめと同居する話が進み、どう関わっていけばいいのか悩みました。でも、こういうときこそ神の教えを生かすときと感じ、何度も学び、教務相談で心の在り方を確認しました。すると、夫に頼らず、知らず知らずのうちに夫をないがしろにしていた自分が見えてきたのです。これがきっかけとなり、一つ一つ夫に確認したり、話し合ったりしました。今では、ささいなことでも、お互いに思いを伝え合えます。夫婦の心を重ねられることが、こんなにも仕合せなことかと、しみじみ安心感を味わえるようになりました。

 

役立つ自分を目指して

(20代男性/会社員)

大学卒業後、憧れの企業に就職して2年。任されるのは裏方の仕事ばかりで、思い描いていたものとは程遠い現実に、モチベーションは下がる一方でした。しかも、上司には細かく注意され、「何のために働いているのだろう」とだんだんつらくなりました。
それでも、勉強会で学び、祈願する中で、心の変化がありました。「雑務でも任されるのはありがたいこと」「100%以上の気持ちで動いてみよう」と、目の前の仕事に精いっぱい向き合う気持ちが生まれたのです。
今は、一つ一つの仕事に「少しでも役立てるように…」という思いで取り組んでいます。最近は、周りに「お前に任せれば安心」と言われることも増えました。それがうれしくて、ますますやる気が湧いてきます。人の役に立つことが、こんなにも自分の喜びになるとは思いもしませんでした。
以前は転職ばかり考えていたのがうそのように、毎日が楽しいです。会社に、社会に役立てるように、もっと頑張りたいと思います。

 

病を機に引き出された感謝

(50代女性/主婦)

「なぜ私ばかり次々と病気に…」と、半年前の私は思っていました。2年前に狭心症でカテーテル手術を受けたものの、今度は違う血管が細くなっていると検査で分かり、再手術に。こんなことが一生続くのかと気が重くなりました。
そんな時、勉強会で聞いた「真の健康は、心と体の調和にある」という言葉が心に残りました。苦しい気持ちを祈願するうちに、「見つけてもらえたのはラッキー」「しっかり治療しよう」と、前向きになってきました。夫や息子の励ましも、どれほど大きな力になったか知れません。
手術には、自分でも驚くほど穏やかに臨めました。「心臓さん、いつも頑張ってくれてありがとう。あなたを支える手術を受けるね」と、語り掛けていた私です。
現在は通院治療中ですが、何の不安もありません。それどころか、ご飯を食べられること、家族と過ごせること…、ささいな一つ一つを「ありがたい」と感じ、心は仕合せ感でいっぱいです。病気が私に大切なことを教えてくれました。

 

イライラの原因は自分の心に

(80代女性/主婦)

私は我の強い性格で、家族の言葉や行動にこだわり、すぐにカチンときていました。同居の息子夫婦にもイライラすることが多く、「自分は悪くない、相手が間違っている」と思っていたのです。
ところが、神の教えを学ぶたびに、自分の心にこそ、正すべきところがあると気付くようになりました。気付いては祈願し、また学ぶことを繰り返すうちに、こだわる心が取れ、いつも穏やかな心でいられるようになりました。
先日も、私が台所に立つと、嫁から「洗い物は私がします」と言われました。以前の私なら「それくらいできる」と意地を張ったり、「私のやり方が気に入らないの?」と心の中で責めたりしたでしょう。でも、自然と「そう、ありがとう」と、嫁の気遣いに感謝できました。心が穏やかにいられるおかげで、家族との会話も温かいものになっています。

 

体は不自由でも、心は健康に…

(50代男性/会社員)

15年前に多発性硬化症を患い、車椅子で生活しています。教会の授業で、体が不自由でも、心は健康に…と学んだことを心に留めて、「足が悪くてもつえを使えばいい。つえが駄目なら車椅子がある」と、自分の気持ちを切り替えてきました。今でも、不思議と不安はありません。
また、人に頼ることの大切さも知りました。以前は、「周りに迷惑が掛かるから…」と自分の思いを抑えていました。しかし、障害のある人たちが学ぶ供の会に出席するうちに、考えが変わってきました。「周りの人には迷惑を掛けるけれど、それが今自分が生きている証し。いろいろな人にお世話になって、お礼や感謝の思いをどんどん伝えていこう」と思ったのです。
先日、コンビニに入る時、金髪の若者が手動のドアを開けてくれました。「ありがとうございます。助かりました」と言うと、はにかんだ笑顔が光っていました。自分が人を頼ることが、相手の喜びになることを実感し、何だかうれしくなりました。

 

ゆとりある心で介護を…

(60代男性/無職)

定年退職して数年後、同居している母が病に倒れ、介護が必要になりました。子供たちは巣立ち、妻は仕事があるため、介護できるのは私だけ。兄弟は遠くに住んでいるので、頼れません。私なりに頑張っていましたが、だんだん心がきゅうきゅうとしてきました。
そんな時、教会の書籍で、家族は支え合うものであり、何でも話すことが大切と学び、はっとしました。「言わなくても分かるだろう」と誰にも相談することなく、「何で俺ばかり」「誰もこのつらさを分かってくれない」と決め付けていたのです。
最初は、声を掛ける勇気が出ませんでしたが、祈願すると、「一人で抱え込まず、とにかく話してみよう」という気持ちに。思い切って妻に話し、兄弟に話すうちに、みんなが理解してくれるようになってきました。最近は、兄弟が母の顔を見に来る機会が増えました。みんなが話している様子を、母はいつもうれしそうに見詰めています。その笑顔を見て、みんなで話し合えるようになってよかったと思っています。

 

育児の焦りが消えて…

(30代女性/主婦)

私は、子育てに自信が持てず、いつも心がきゅうきゅうとしていました。子供が小学生になると、他の子を見て、「うちの子はこんなこともできない」と、ますます焦りが増していったのです。
教会では、何事も夫婦で共有し、話し合うことが大切と学んでいます。なので、何でも話してはいましたが、夫の考えが違うと納得できませんでした。それでも何度も教えを学ぶうちに、我が子の良さに目を向けていなかった自分に気付いたのです。
思えば、できないことを責め、頭ごなしに叱ってばかり…。なるべく優しい言い方を心掛けるようになってから、焦りが消え、我が子の良さが見えてきたのです。
いつしか子供を褒めることが増え、娘もうれしそうです。子供の良さを伸ばしてあげられるように、夫と二人で頑張ります。

 

ぎすぎすしていた夫婦関係に変化が

(50代男性/会社員)

結婚して二十数年の私たち夫婦。少し前まで、口を開くと責め合ってばかりいました。朝のごみ出しや食事の片付けをするのが私の日課ですが、「せっかくやっているのに、ありがとうのひと言すらないのか」と、不満が募っていたのです。
しかし、神の教えを学ぶたびに、夫婦の和が大切と言われます。何度も学ぶうちに、自分の大変さばかりに気を取られ、妻の大変さを見ていなかったことを反省。少しずつ「自分にできることは…」と考えるようになっていったのです。気持ちが変わると、それまで嫌々やっていた片付けも率先してするように。そのうち、妻から「疲れているのに悪いね」「いつもありがとう」などと言われることが増えたのです。最近は、一緒に過ごす時間が何より楽しいと思い始めています。