喜びの声

神の教えを学び、実践できるよう、神に思いを語りながら日々を過ごすと、人生は必ず好転していきます。そこに、見えないけれど確かに存在する神のお力、大きなご守護の中で生かされている感謝が湧き上がります。そんな喜びを味わわれた皆さんの声をご紹介します。

 

ゆとりある心で介護を…

定年退職して数年後、同居している母が病に倒れ、介護が必要になりました。子供たちは巣立ち、妻は仕事があるため、介護できるのは私だけ。兄弟は遠くに住んでいるので、頼れません。私なりに頑張っていましたが、だんだん心がきゅうきゅうとしてきました。
そんな時、教会の書籍で、家族は支え合うものであり、何でも話すことが大切と学び、はっとしました。「言わなくても分かるだろう」と誰にも相談することなく、「何で俺ばかり」「誰もこのつらさを分かってくれない」と決め付けていたのです。
最初は、声を掛ける勇気が出ませんでしたが、祈願すると、「一人で抱え込まず、とにかく話してみよう」という気持ちに。思い切って妻に話し、兄弟に話すうちに、みんなが理解してくれるようになってきました。最近は、兄弟が母の顔を見に来る機会が増えました。みんなが話している様子を、母はいつもうれしそうに見詰めています。その笑顔を見て、みんなで話し合えるようになってよかったと思っています。

(60代男性・無職)

 

育児の焦りが消えて…

私は、子育てに自信が持てず、いつも心がきゅうきゅうとしていました。子供が小学生になると、他の子を見て、「うちの子はこんなこともできない」と、ますます焦りが増していったのです。
教会では、何事も夫婦で共有し、話し合うことが大切と学んでいます。なので、何でも話してはいましたが、夫の考えが違うと納得できませんでした。それでも何度も教えを学ぶうちに、我が子の良さに目を向けていなかった自分に気付いたのです。
思えば、できないことを責め、頭ごなしに叱ってばかり…。なるべく優しい言い方を心掛けるようになってから、焦りが消え、我が子の良さが見えてきたのです。
いつしか子供を褒めることが増え、娘もうれしそうです。子供の良さを伸ばしてあげられるように、夫と二人で頑張ります。

(30代女性/主婦)

 

ぎすぎすしていた夫婦関係に変化が

結婚して二十数年の私たち夫婦。少し前まで、口を開くと責め合ってばかりいました。朝のごみ出しや食事の片付けをするのが私の日課ですが、「せっかくやっているのに、ありがとうのひと言すらないのか」と、不満が募っていたのです。
しかし、神の教えを学ぶたびに、夫婦の和が大切と言われます。何度も学ぶうちに、自分の大変さばかりに気を取られ、妻の大変さを見ていなかったことを反省。少しずつ「自分にできることは…」と考えるようになっていったのです。気持ちが変わると、それまで嫌々やっていた片付けも率先してするように。そのうち、妻から「疲れているのに悪いね」「いつもありがとう」などと言われることが増えたのです。最近は、一緒に過ごす時間が何より楽しいと思い始めています。

(50代男性/会社員)

 

目が見えなくても人生は楽しめる

徐々に視力が低下し、いずれ失明すると宣告されてしまいました。仕事も辞めざるを得ず、不安と絶望感に襲われて引きこもり状態に。そんな時、知人が教会に連れていってくれたのです。神殿でつらい気持ちを祈願し、体に障害のある人向けの勉強会に出席。体が不自由でも、明るく力強く生きている人たちの姿に感銘を受けました。
知人の支えもあって少しずつ前向きになり、やがて白杖を使って一人で外出できるようになりました。助けてもらうことばかりでしたが、自分を卑下することもなく、ちょっとした会話も楽しめたのは、神に心が守られ、神の教えを生かせたおかげと思います。食事のときは食材の香りを堪能し、雨音も心地よく感じる自分…。見えなくなってからの方が、心は豊かです。今までにたくさんの人から頂いてきた愛を、今度は自分が周りの人たちに返せるように、人との出会いを大切に触れ合っていきたいと思います。

(60代男性/無職)

 

がんと診断されても心は絶好調

がんと診断されました。本来の自分は心配性で、いつもなら「どうして私が…」「これからどうなるの」と不安で、居ても立ってもいられなかったはずです。
ところが、日頃から神の教えを学び、祈願しながら、明るく、強い心で生きようと心掛けてきたおかげか、「見つかってよかった」「しっかり治療しよう」と思う自分がいたのです。家族と話すうちに、もっと気持ちが明るくなり、「私は大丈夫」という安心感に包まれていきました。
ありがたいことに、手術も不安なく受けることができ、無事に終わりました。抗がん剤投与のために通院は必要ですが、家族に助けてもらいながら頑張ろうと前向きです。不安がよぎることがあっても、祈願すると、不思議と「落ち込んでなどいられない」という気持ちが湧き上がってきます。病を抱えていながらも、心は絶好調、元気でいられることに感謝でいっぱいです。

(60代女性/主婦)

 

厳しい上司と向き合えるように

専門学校を卒業後、ケーキ店に就職しました。店長がとにかく厳しい人で、怒られることはしょっちゅう。パティシエは子供の頃からの夢でしたが、苦しい毎日に、だんだんとやる気がなえていったのです。
転職が頭をよぎる中、教会の授業に出席。若い時は素直、正直に生きることが大切と聞いて、はっとしました。日頃の自分は、分からないことがあっても遠慮して確認できなかったり、反発したりしていたのです。
そう気付いても、最初は勇気が出ませんでした。それが、祈願すると、力が湧いてきました。思い切って、「ここが分からないのですが…」と質問し、厳しい言葉も受け止めていくと、「細かく教えてくれてありがたい」「少しでも店の役に立てるように」と気持ちが変わっていったのです。今は、早く一人前になりたいと頑張っています。

(20代女性/会社員)

 

経営が苦しい中でも心が強く、前向きに

親からクリーニング店を引き継いで10年が過ぎた頃、近所にチェーン店が開店し、見る見る客が減少。本来の私なら、不安と焦りから精神的にまいっていたでしょう。それが、日頃から神の教えを学んできたおかげで、利益にこだわらず、自分の力を人のために…と、お客さまから信頼される仕事ができていたのです。
時折、気持ちがふさいでも、「仕事ができるのはありがたい」「お客さまのために誠実に」と、心を立て直し。今こそ、父が教えてくれた手作業ならではの技術を生かし、一枚一枚真心込めて丁寧に、誇りを持って臨もうと思いました。
次第に、「このお店の仕上がりは違う」「着心地がいい」とお得意さんたちが戻り、経営も安定してきたのです。苦しい状況でも人に支えられ、心が強く持てて正しい生き方を貫けたからこそと感謝しています。

(50代男性/自営業)

 

娘の結婚を大反対していた心に変化が…

娘が一回り以上年の離れた男性と結婚したいと言い出しました。仕事ができて、頼れる人のようですが、先々を思うと、不安は尽きません。私も、妻も大反対したところ、子供と大げんかになってしまいました。
このままではいけないと、夫婦で話し合いを重ねました。最初は、心配を口にするだけでしたが、少しずつ娘の気持ちを考えられるように…。「娘がそれだけ信頼する人なら、一度会ってみようか」となったのです。まずは娘と話し合おうと考え、「穏やかな心で子供の思いを酌み取れるように、自分たちの思いもしっかり伝えられるように」と祈願。おかげで、終始冷静に話し合えました。焦らず、感情的にならず、じっくり話すと、娘が将来のことをしっかり考えているのが分かって一安心。少しずつ二人を応援する気持ちになっています。

(50代男性/会社員)

 

安心して治療を受けることが…

潰瘍性大腸炎を患い、入院となった時は、症状のつらさに加え、将来が不安で仕方ありませんでした。そんな私を案じ、妻子や両親が交代で見舞ってくれたおかげで、少しずつ前向きに。いろいろ心配はありながらも、祈願するたびに穏やかな気持ちになっていくのが不思議でした。
治療してくれる医師や看護師への感謝も膨らみ、「回復を願ってくれるみんなの思いに応えたい」と、つらい治療にも耐えられました。状況が良くない中でも心が安心感に包まれ、大腸の全摘を告げられても、「医師に任せよう」と落ち着いて手術を受けられたのです。しかも、全摘を免れ、驚くほど投薬の効果が表れました。先生たちが、「こんなことは初めて」と口々に言うほどでした。
今は、定期的に通院しながら、仕事をしています。支えてくれたみんなへの恩返しの時と思って、精いっぱい頑張る所存です。

(40代男性/会社員)

 

念願の我が子を抱くことができて…

結婚して数年、子供に恵まれず、妻の妊娠が分かった時は手を取り合って喜びました。ところが、検診で赤ちゃんの位置が悪く、このままでは危険な状態と分かり、不安に押しつぶされそうに。何とか妻と励まし合い、祈願していくと、気持ちが落ち着いたのを覚えています。神の教えにあったとおり、「どんな状況でも、夫婦の心を一つにしよう」と、心に固く誓いました。
少しでも妻の心と体が休まるように、折に触れて励ましの言葉を掛け、それまで以上に家事を手伝いました。妻は、「体が楽」「あなたと一緒なら大丈夫な気がしてきた」と、穏やかな表情に変わっていきました。
ありがたいことに、次の検診では、「これなら大丈夫」と言ってもらったのです。その年の秋、念願の我が子を抱いた時は涙がこぼれました。妻と「夫婦で心を重ねて、大切に育てていこう」と語り合っています。

(30代男性/会社員)

 

同期が先に昇進し苦しかった心が…

今まで真面目に仕事に励んできたつもりです。しかし、同期入社の同僚が先に昇進し、「自分の方が会社のために尽くしてきたのになぜ…」とやるせなくて、仕事に身が入らなくなってしまいました。
そうした気持ちを祈願しつつ、教会の図書を開くと、仕事は自分の力を奉仕することや、誠実に生きることという言葉が目に飛び込んできました。思えば、心のどこかで、人と比較し、立場にこだわっていたのです。人は人、自分は自分でいいのだと、今与えられた仕事を会社のために…と取り組みました。しばらくすると、自分が役立てている実感が湧き、一歩上を目指す気持ちに。そうするうちに、周りの評価が上がり、新規プロジェクトの一員に選ばれ、ますます仕事にやりがいを感じるようになりました。

(40代男性/会社員)

 

感謝の心で介護できるように

同居の義母が脳梗塞から半身不随となり、認知症も発症。私は、介護のために仕事を退職しました。義母は私のことが分からなくなって暴れるように。一生懸命尽くしても感謝されず、夫は私に任せっきりで、「何で私ばかりが犠牲になるの」と不満が募って、心身ともに疲れ果ててしまいました。 祈願すると、「誰も行く道なのだから」と心を立て直せても、すぐに不満でいっぱいに。それでも、教えを学ぶうちに、現実を受け止めきれない心を変え、愛ある心を持ちたいと思いました。祈願と学びの繰り返しで、徐々に「自分の親にできなかった親孝行をさせてもらおう」と心が変化。言葉が理解できなくても、「桜が咲きましたよ」「気持ちのいい朝ですね」「痛い所はありませんか」と声を掛けると、義母は暴れることもなく、笑顔を見せてくれるようになったのです。今は、感謝しながら介護に当たっています。

(60代女性/主婦)