地球上に何十億もの人がいる中で、同じ時代に生まれ、巡り合い、共に家庭を築いていく…。昔から、“赤い糸”などと言うように、不思議な縁に導かれて結ばれるのが夫婦です。その中でも、神の御元で神受祭(結婚)の儀式を挙げた夫婦が、「今年もこの日を迎えられた」と格別な思いを抱くのが、年に一度の“神寿の集い”。40年以上も歴史を重ねてきたこの行事を、7月9日、神総本部で開催し、全国の偉光会館にも中継しました。
互いを守り、支え合って人生を歩む
夫婦とは、うれしいときも、つらいときも、互いを守り、支え合って人生を歩んでいく存在。「これまで一緒に育んできた愛、絆を、ますます確かなものとするために、夫婦の原点を振り返るのが神寿の集い…」という職員の呼び掛けを耳にした出席者は、会に臨む気持ちがぐっと深まりました。行事は、この日に向けて表された神のお言葉を基に、大切なポイントを確認しながら進行。神示の冒頭の一節です。
夫婦で「教え」を学び 「心の道」に良き因を残す夫婦を目指す
夫婦で「教え」を学び
「心の道」に良き因を残す
夫婦を目指す
「夫婦で神の教えを学ぶのは、二人で仕合せになるため…」。いくら夫婦でも、考え方や育った環境、性別が違えば、ぶつかることもあって当然です。しかし、「なぜそう考えるのだろう」「どうしてこの言葉を使ったのだろう」と広く大きな心で受け止められるのが、教えを学んでいる人の強み。相手の心に寄り添えるから、時に人生の転機に見舞われても、「あの時の、伴侶のひと言に救われた」「二人だったから乗り越えられた」と実感できるのです。大切なのは、必ず教えを“実践”して成果を上げること。そこまで含めて“学び”なのです。
考えや思いを伝え合う“会話”が重要
人生の最小単位となる一日において、まずは「お互いに良い影響を与え合う」「あなたがいたから平和に過ごせた」と言える関わりが大事です。とはいえ、「家の中では、つい甘えが出てしまうのも夫婦…」の言葉に、特に男性が反応。しょうゆを取ってくれたら、その好意に「ありがとう」の気持ちと言葉を返す。ミスを許し合う。そうした小さな積み重ねが夫婦の絆、縁を深めていく…との話に、今からやるべきことが具体的に見えてきます。
「二人で家庭を築いている思いはありますか?」の問い掛けに、しっかりとうなずく人、一方でややうつむき加減の人も。「私、一人でやっています」ではいけません。だからといって、同じことを夫婦でするのでもないのです。夫は一家の主として家族の心を支え、妻は夫を尊重し、信頼を寄せ、子供との架け橋になる。神の教えからつかんだ、それぞれの役割を、同じ方向を向いて心一つに果たしていくのです。
そのためには、自分から心を開き、相手が何を考え、何を感じているのかをつかむ“会話”が重要です。お互いへの理解が深まるところに、問題が起きても、収まりどころを二人で見つけ出せます。ですから、「神寿の集い」のたびに原点に戻って、毎年一歩ずつ前進していきましょう。
「空気のような存在」となっても、“いるのが当たり前で意識しない”のではなく、“一緒にいないと生きていけない存在”になるのです。夫婦でいられる時間には、限りがあります。出席した誰もが、二人で過ごせる醍醐味(だいごみ)を強く感じて、本当の夫婦を目指す決意を新たにしました。
何でも夫婦で向き合い、心を通わせて
「神寿の集いに32年続けて出席。結婚当初、もともと無口で、男はしゃべらなくていいなんて格好つけていた自分。なのに、妻はいろいろ話し掛けてくれるし、教えを学んで思いを語る大切さも分かって、今では会話が弾む日々です。寝る前には、『きょうもありがとう』と妻に感謝するのが習慣に。周りから、“いつも仲が良くていいね”とうらやましがられる夫婦になれるとは…。年に一度のこの会は、“この人と伴侶になれて最高”という思いを、年々深める機会になっています」
「結婚して数カ月。新婚というと、“ラブラブ”で“フワフワ”した感覚があるかもしれません。でも、神受祭の日から、相手を大切に思う気持ちが確実に深まっているのを感じます。何より、夫とは、強い絆とご縁があって結ばれたのだと思えたら、うれしさと感謝が込み上げてきて…。けんかしたり、つらいことがあっても、二人で向き合って乗り越えられたのは、神の教えがあったから。まだまだひよっこですが、私たちらしくしっかりと年輪を重ねていきたいです」
「弁当作りをはじめ、家族のために妻が一生懸命尽くしてくれるのに、『ありがとう』の気持ちが全然足りていなかったと気付きました。言わなくても分かっているだろうというのは、“甘え”だったと反省です。当たり前に思わず、ちゃんと言葉にしよう!を目標に頑張りたい」
「一日一日、『あなたがいてくれたから…』という感覚や感謝がなかったなと思いました。たとえけんかしても、翌日は気持ちよく迎えられるように、一日の終わりに会話をしようと、夫婦で話したので、きょうからやってみます! 来年の神寿の集いには、『去年は、あんなこと言ってたね。この一年で変わったね』と言えるように…」
神から「夫婦(めおと)の印(いん)」を授かり、強い絆で結ばれる証しを頂いた出席者たち。しかし、その縁を存分に生かして、仕合せな人生を添い遂げていけるかどうかは、二人の努力次第。足並みも、気持ちもしっかりと重ねて、二人三脚で歩んでいれば、数々の仕合せを味わっていけます。夫婦でいられる時間を大切に、仕合せな日々を一年一年重ねていきましょう。
※夫婦の印;神の御前で神受祭を受けた夫婦に、二人の絆を結んだ証しとして神が授けてくださるもの。神への誓いが、目には見えない心の絆となって、新たな人生を二人で生き抜いていく力となります。詳しくは『幸福の花』72ページで確認しましょう。