よくあるご質問

神示教会に多く寄せられる質問にお答えします。質問内容は、毎月更新します。
「自分の場合はどうしたら…」「こういうことを聞きたい」という方には、個別の教務相談の場があります。教務相談では、神の教えに沿った考え方、受け止め方を、教務職員に確認できます。

 

目次

・苦手な人とうまく付き合っていくには?

・教えを学ぶゆとりがない場合はどうすれば?

・神を頼らず、自由に生きたい

・子供の信者籍登録の時期は?

・なぜ班に入らなければいけないのか?

 

Q1 苦手な人とうまく付き合っていくには?

職場や学校だけでなく、家族や友人の中にさえ、苦手に感じてしまう人がいます。誰とでもうまく付き合っていくためには、どのように祈願をすればよいのでしょうか。

物事を判断する基準となるものは、各自が無意識に持っている感覚です。その感覚が近い人とは、無理なく意見が合うはずです。一方、自分の感覚や価値観と隔たりを感じる人には、触れるたびに違和感を覚えることでしょう。次第に、「考え方がおかしいのでは…」「自分は苦手」という思いが募ってしまうのです。
神が説かれる真理を学んでいると、物事を捉える幅が広がります。さまざまな出来事を広い視野で捉え、客観的に見られるようになるため、どのような人に触れても、「自分にも言えることでは…」「人のことを言うよりも、自分の糧にしなければ…」などと、受け止め方が全く違ってくるのです。また、自分の課題に気付くこともでき、「もっと心にゆとりを…」「自分から会話を…」というように、祈願の内容も変化してくるでしょう。
「誰とでも仲良くなりたい」と祈願していても、考え方が狭いままでは、限られた人としか分かり合えません。人に対する苦手意識は、「許せない」「この人はおかしい」という思い込みによって生み出されています。人間は、多くの人と仲良くできるほど、自分の人生が磨かれていきます。誰とでも調和できる自分へと心を磨いていくために、神の教えを学んでいきましょう。

 

Q2 教えを学ぶゆとりがない場合はどうすれば?

仕事に追われる毎日です。休日はゆっくり休みたいし、たまには趣味に没頭してストレスを解消したいと思っています。教会に学びに行こうと誘われますが、時間が取れません。もう少し暇ができてからではいけませんか。

仕事はもちろん、趣味であっても、心身の健康があればこそ味わえるのではないでしょうか。仕事や趣味に有意義な時間を使っていくためにも、教えに触れることをお勧めします。今の生活リズムの中に少しずつ、教えに触れる時間を設けていくことです。まずは月に一度でも、授業で神の教えを学ぶことを心掛け、それが難しい時期は、テキストとなっている教会図書を、少しずつ読んでみてください。生きるヒントが得られるはずです。
忙しい生活だからこそ、予想外の迷いや悩みが生じることもあるでしょう。そのようなとき、的確な判断を下し、適切な行動が取れるようにと導いてくれるのが、神の教えです。食事を毎日取るように、毎日教えに触れていれば、問題が生じても、「これは、自分が頑張ること」「今は、見守っていればいい」などと、必ず解決の糸口が見えてきます。
神の教えは、頭で難しく捉えるものではありません。「なるほど…」「そうしてみよう」と、素直に心で触れることです。教えに沿って生きることで、心と体の調和が取れ、仕事も、趣味も生きてきます。たとえ少ない時間でも、学ぶ機会を積み重ねていくことで、毎日の生活が充実し、生きる楽しさを実感できるはずです。

 

Q3 神を頼らず、自由に生きたい

何でも神を頼るのではなく、自分を信じて生きていきたいです。何かの枠にとらわれず、自由に生きたいと思ってはいけないのですか。

人は誰もが、社会の役に立ち、自分も満足な人生を送れるように、運命という力を神から与えられています。ですから、自分の能力を十分に発揮できれば、人から喜ばれ、充実した日々を送ることができます。
ところが、必ずしもそのような人ばかりではありません。例えば、肝心なところで尻込みしたり、自分の考えにこだわったり、困難に打ち勝つ強さが持てなかったり…、さまざまな性格から、持ち前の良さを発揮できないこともあります。また、一時の感情で行動し、後悔することもあるでしょう。いずれにしても、完璧な人間はいないため、失敗することもあれば、欠点が良さを打ち消すこともあるのです。
神から学ぶものは、人生を歩む上で確かな指針となる生き方です。自分に磨きをかけるために、そこから毎日の中に応用する知恵を養っていきましょう。神の教えは、いつの時代も変わらない、この世の仕組みです。人間とは…、親とは…、仕事とは…、努力とは…、生きがいとは…などと、真理をふんだんに学ぶことで、毎日の中で迷ったり、悩んだりすることが少なくなっていくはずです。時に困難に直面しても、それが自分の糧と返ります。その結果、悔いのない、充実した人生を歩めるのです。
運命の力に頼って生きることこそ、真の自立の姿です。自分の運命の力を引き出すために、「教え」を学び、祈願することです。運命という素晴らしい力を持っていることを信じて、力強く生きていきましょう。

 

Q4 子供の信者籍登録の時期は?

幼い我が子の信者籍登録を勧められ、少し驚きました。自分は大人になってから信者となったため、「いずれ本人の気持ちを確かめて…」と思っていましたが、それでは遅いのでしょうか。

幼児であっても、一人の人として気持ちを尊重することは大切です。ただし、すやすやと寝息を立てている赤子に対して、「何が欲しい?」「どこへ行きたい?」と、いちいち尋ねることはできません。心身の健やかな成長を願い、「これが良い」「あれも良いのでは…」と、おのずと保護者が選択し、決定しているはずです。愛する我が子のためにと考えながら、独り立ちする日まで導いていくことでしょう。
神示教会への在籍も、他の事柄と同様です。人間は、生まれた時から神の実在を感じて生きるほど、神から与えられた良い運命に導かれ、仕合せになれる生き方ができるものです。自分自身が神の教えを学び、それを生かす中で毎日が変わっていく素晴らしさを体感していれば、何らためらうことなく「我が子も神の守りの中に…」と願うはずです。

 

Q5 なぜ班に入らなければいけないのか?

信者になると、なぜ班に入らなければいけないのですか。

神の教えを学び、それを実践することは、一人一人の生き方に関わる問題です。人に干渉されたり、強制されたりすることではありません。では、なぜ班に所属する必要があるのでしょう。
人として生を受けた以上、誰もが仕合せな毎日を送り、悔いのない人生を手にすることができます。そのために必要な生き方を学び、身に修めることのできる環境、それが神示教会です。班内の人間関係に神の教えを生かすことで、多くの人と正しい関わりを深めることができ、毎日がますます豊かになっていきます。
それぞれの班には、連絡役の係がいます。「このような授業が…」「その質問は、〇〇窓口へ…」「機関紙の『友輪』を…」などと、タイムリーに情報を伝えながら、神示教会の環境を迷わず使いこなせるように案内していく立場です。班の係や紹介者から届く情報を生かして、自らが最寄りの館に出入りし、神示に触れるうちに、心の喜びをたくさん味わえることでしょう。
やがて、「毎月の授業が楽しみに…」「考え方を確認しようと相談へ…」「人生の節目に儀式を…」などと心を寄せる機会が増えるにつれて、家族や友人、知人へと、教えを共有する人の輪が広がっていくはずです。