令和2年8月22日神示
教主正使者供丸光先生ご解析

既に30年以上の歴史を刻んだ「供の会」。皆さま一人一人が、神魂のご守護の中、心明るく、力強くお過ごしのことと思います。今は、開運のかなう時代です。お体に不自由さがあったとしても、教えに生きれば、誰もが与えられた自分なりの良さ、運命の力を引き出し、悔いのない人生を歩み抜くことがかないます。

「供の会」の名称は、神示による神のご命名です。供丸姫先生の「供」の一文字が付くことに、喜びを感じている人も多いでしょう。「供」とは付き従うことを表し、神の子の意です。使者の名に共通する「供丸」とは、丸い心で神に付き従う使者を意味します。ですから、「供の会」の皆さまも、神の手の中で守られている認識を持ち、素直な気持ちで神魂を信じ、頼り、教えに生きてほしいと願っています。

それでは、今年の「供の会」に向けて表された神示をお伝えさせていただきます。

神示の冒頭の一文は、今年の「供の会」のテーマ、皆さまの課題です。

「教え」を学び 深め 「真理」に悟りを得る人を目指せよ

「教え」を学び 深め
  「真理」に悟りを得る人を目指せよ

今は、感染防止のため、学ぶ環境は限られていても、神は「教え」を学び、深めるようにと、強く促されています。教えを学んだなら、そこから必要なことに気付き、「真理」に悟りを得るのです。「悟りを得る」とは、教えを身に付け、ごく自然と道を守って生きられる自分になることです。

社会の動きを知り、その中でどう生きればよいのかをつかむ信者心の道勉強会。その内容は、『友輪』からも、公式サイトの神示解析からも、『人生の真理』からも学べます。また、真理を生き方の基本に据えるための信者心の基勉強会。その内容は、『理知の真理』や通信授業でも学べます。心が迷ったときに学ぶ希望の光勉強会は、公式サイトの神示解析、そして『心の正道』にもなっています。

授業に出られない環境でも、そのように教えに触れることはいくらでもできます。繰り返し教えに触れ、真理に生きる自分を目指してください。そうでないと、時代が変わる激しい社会の流れの中で、気持ちがのまれてしまいます。今は、物事を批判的、否定的に捉え、不安、不満の思いが蔓延しています。そのような流れにのまれず、真理に生きる揺るがない心を確立するのが、神から示された皆さまの課題です。

 

次は、「悟り」です。「悟り」とは、絶対にこのような人になってほしいということです。冒頭の「『真理』に悟りを得る人」の一言を、神が具体的に示された内容です。

「教え」が皆の心に 「生きる」自信を持たせ 「人生」に夢を芽吹かせる

「教え」が皆の心に
    「生きる」自信を持たせ
      「人生」に夢を芽吹かせる

世の中では、「体の不自由な人がどれほど苦労しているのか知ってほしい」「もっと障害者に優しい社会に…」「障害者が活躍できる場の提供を…」などと呼び掛けます。それも必要なことではあっても、知識にのまれてしまうと、「自分たちは弱者だから、助けてもらえて当然」などと、不平、不満の心を生み出します。

誰もがこの世に必要とされる存在です。その揺るがぬ真理をしっかりとつかみ、心に植え付けることです。神は、「教え」が皆の心に、「生きる」自信を持たせると言い切られています。自信とは、「資格を取ったから…」「健常者だから…」と、そのようなことで湧くものではありません。世に役立つ運命が自分にもあることを、心に深く認識するところから生まれるのです。

そして、「」とは、自分が必要とされた存在と分かり、多くの人のために役立ちたいと願う心です。この意欲に満ちた心は、生きる力となって、どのようなことがあってもくじけない強い心を芽吹かせていくのです。

 

人は皆 神の手の中 社会を「正道」へと導く「力」を与えられて誕生している
 なれど 真理なき知識を頼って生きる者が多く 自ら「道」欠き 外し 悩み 苦しみ 迷いを深める

人は皆 神の手の中
  社会を「正道」へと導く「力」を
    与えられて誕生している
 なれど 真理なき知識を頼って
  生きる者が多く
    自ら「道」欠き 外し
     悩み 苦しみ 迷いを深める

人は誰も、生まれてきた深い意味があります。社会を「正道」へと導く「力」、世に役立つ運命があるのです。神の教えを知らないと、「このようなハンディがあっては…」「環境が恵まれていないから…」などと思う人もいるかもしれません。しかし、真理を知れば、そのような思いを抱く必要はないのです。誰にも社会に求められる運命があるからです。

現実の世界を神からご覧になれば、真理なき知識を頼って生きる者が多く、知らず知らずのうちに「道」欠き悩み、苦しみを生み出している例も多いのです。物事がうまくいけば生き生きし、迷ったり、行き詰まったりすれば、簡単に気力を失う人もいます。それは、運命を頼る心の軸ができていないからです。与えられた運命を頼りに生きることです。以上が、今年のテーマであり、「悟り」として自分のものにすべきことです。

 

次から、二つの段落それぞれに、「気付き」が示されています。まず一つ目の「気付き」です。

信者に申す
 「教え」を心の支えに生きて 家族との関わりを深める努力をする
 この心の動きが 「実体」を高め 家族の心は一つに重なってゆく

信者に申す
 「教え」を心の支えに生きて
  家族との関わりを深める努力をする
 この心の動きが 「実体」を高め
  家族の心は一つに重なってゆく

まず、気付かなくてはいけないのは、身近な家族との関わりを深める大切さです。「いつも支えてくれて、ありがとう」「自分なりに頑張っているけれど、少し心に力がほしいから、一緒に参拝に…」「さっきは感情が抑えられなかったけれど、教会の本を読んだら、みんなにわびなくてはいけないと思って…」と、気持ちを素直に交わすことです。家族それぞれが、神の「教え」を心の支えに家族との関わりを深めていけば、その家の「実体」が修正され、家族の心は一つに重なっていきます。

 

最後の段落が、二つ目の「気付き」です。

和のある「家庭の姿」を知って生きるべし
 「教え」に生きる家族の関わりが 互いの心を磨き 高める
 社会に「生きる」自信と喜びを 引き出す極意が ここにある

和のある「家庭の姿」を
    知って生きるべし
 「教え」に生きる家族の関わりが
    互いの心を磨き 高める
 社会に「生きる」自信と喜びを
    引き出す極意が ここにある

和のある「家庭の姿」の基本は、会話です。会話し、互いを理解し合うのです。感情的に言い合うのは、決して良いことではありません。それぞれが教えを基に、思いを受け止め、心を重ねる努力をすることです。気持ちが擦れ違うことがあったとしても、「教え」に生きる家族の関わりであれば、納めどころが分かるものです。「少し言い過ぎた」「いつも助けてくれて、本当に感謝している」「その分、自分のできることをやるから…」などと、心を重ね合うのです。そこに、実体が修正され、運命が引き出されていきます。

社会に「生きる」自信と喜びを、引き出す極意が、ここにあると、神は言い切られています。この「生きる」自信とは、前半に出てきた「生きる」自信と同じです。神から世に役立つ運命を与えられ、生まれているという、自分の存在に対する自信です。そして、この運命に重なって生きるところに、人としての喜びがあふれるのです。

「供の会」の皆さまには、形にとらわれることなく、自身の存在に自信を持ち、もっと社会で活躍してほしいと願います。パラリンピックなどの活躍も、素晴らしいものではあっても、それは一時のことです。皆さまには、生涯を通して社会に役立つものがあることを信じて、自分の存在を大いに生かしてください。