喜びの声

神の教えを学び、実践できるよう、神に思いを語りながら日々を過ごすと、人生は必ず好転していきます。そこに、見えないけれど確かに存在する神のお力、大きなご守護の中で生かされている感謝が湧き上がります。そんな喜びを味わわれた皆さんの声をご紹介します。

 

Newこんなに心が楽になるなんて

(鹿児島県KY/60代女性/主婦)

周りに気を使い過ぎてしまう私は、無理をしてでも相手に喜んでもらいたいと行動し、いつも心が疲れてもんもんとしていました。しかし、神の教えを学び重ねていくうちに、無理をしない生き方が大切とつかめたのです。それからというもの、性格の弱点が抑えられるように、祈願しながら自分を変える努力をしました。次第に、「まあ、いいか」と気持ちを流せる心のゆとりが持て、都合が悪いときは、「用事があるので、ごめんなさい」と、丁重に断れる自分になっていきました。以前の私は、これができなかったのです。今は、心がとても楽になりました。
人生を仕合せへと導いてくださる神の教えで、いつも大切な心の在り方を見詰め直せることに、とても感謝しています。私には娘がおり、性格は私によく似ています。娘も自分らしく楽な心で生きられるように、親として正しく導いていくことが今後の目標です。

 

 

息子の思いやりが心に染みて

(千葉県TM/80代女性/主婦)

6年前、夫を見送ったのを機に、息子と二人での生活が始まりました。息子は口数が少なく、人付き合いが苦手です。以前、大声で怒鳴られたこともあり、気を使う毎日に、勉強会で家族との会話が大切と学んでも、「うちは無理」と思っていたのです。しかし、「このままではいけない。今こそ私が教えを実践して、手本を示さなければ」と思いました。以来、息子の何げない言動にも、「お疲れさま」「ありがとう」「うれしい」と、自分の思いを伝えるように心掛けました。すると、徐々に息子の態度にも変化が出てきたのです。
私は、近所のシニアサロンに顔を出した際、頂いたお茶菓子を持ち帰り、息子と一緒に食べながら、その日の出来事を話すようにしています。そんなある日、持ち帰ったお菓子がなくなっていて、「息子が食べたんだな」と思いながらも知らん顔をしていました。すると数日後、息子が、「お母さんが好きなお菓子、一人で食べてしまったから…。コンビニで見つかったから買ってきたよ。一緒に食べよう」と、同じお菓子を渡してくれたのです。その心がうれしく、私にとっては最高のお菓子となりました。
息子と心が通い合い、楽しく暮らせるようになった喜びを姉に伝えたところ、姉も家庭で教えを実践。家族に変化が出てきたようで、二人で喜び合っています。

 

 

思いを伝えて夫婦仲良く

(横浜市KY/30代男性/会社員)

もともと私は、自分の思いを伝えることが得意ではありません。特に、夫婦の会話では、妻の意見を優先してあげたい気持ちもあり、「そうだね」「いいよ、そうしよう」が口癖でした。
しかし、ある時、妻に「何を考えているか分からない」と言われ、関係がぎくしゃくするように…。何とか夫婦仲を取り戻したくて、教えを学ぶと、神示の「家族に笑顔で声を掛け、『思い』を伝える気持ちを欠かぬこと」という一節が心に残りました。以来、妻の言葉に対して、「僕はこう思ったけど、その意見の方がよりいいと思う」などと、自分の思いを乗せることを心掛けたのです。すると、妻から「確かにそういう考えもあるね」「そんなふうに思ってくれてたんだ。ありがとう」などと返ってきて、「会話のキャッチボールってこういうことなのかな」とうれしくなりました。
今思うと、以前の私は、ただ妻の話に「いいね」と同意するだけで、なぜそう思ったのか、なぜそうしたいのかまでは考えていませんでした。でも、最近は妻の言葉の裏にある気持ちを酌みながら、会話することを意識しています。自然と話も弾み、夫婦で過ごす時間がずっと楽しくなりました。

 

 

神の教えがくれた心の健康

(静岡県EM/60代女性/主婦)

最近がんの手術をしました。入院中、教会の書籍を読みふける中で、あらためて人生の真理の深さを知り、大きな気付きがありました。
何度も病院に来てくれる娘に感謝していましたが、教えを学ぶうちに、陰で協力してくれている娘の家族にも感謝しなければ…と感じたのです。中学生の孫は、「おばあちゃんのためだから行ってきていいよ」と気持ちよく送り出してくれ、小学生の孫も、「お母さんがいない日は寂しかったけど、我慢した」と言っていたそうです。家族の愛に支えられて生きているのだと実感しました。これまで自分のことしか考えていなかったと反省し、これからは、家族のため、人のためにできることをさせていただきたいと心から誓いました。
神の教えを知らなかったなら、体はもとより、ここまで健康な心になれなかったと思います。手術を機に自分を見詰め直せたこと、そして、生かされていることに感謝でいっぱいです。

 

 

感謝の心が夫婦をつなぐ

(佐賀県KK/80代女性/主婦)

80代の夫は、長年個人で運送業を営んできましたが、最近転倒して頸椎を痛め、運転が難しくなってしまいました。高齢ドライバーによる事故の報道も頻繁にあり、息子からは免許を返納したらと強く言われました。それでも、頑固な夫は「仕事を続けたい」と言い張り、困りました。
そんな中、偉光会館で勉強会を受け、「感謝の心」という言葉が心に残りました。振り返ってみると、夫が頑張ったおかげで、家族が生活でき、子供も成長し、家庭を持つまでになったのです。それなのに、大切な思いを伝えることをどこか忘れていました。「このような時こそ、共に歩んだ伴侶が感謝の気持ちを伝えるべき」と思い、夫に感謝を伝えると、とてもうれしそうな顔になりました。
その後、夫との心の距離が近くなったようで、今まで我慢して話さなかったことも素直に言えるようになりました。また、免許の返納についても、医師や関係者と話し合って決めることに。夫が仕事を辞める時は私たち夫婦の節目の時、お世話になった工場やお得意さまのところに、夫婦でお礼に行こうと話し合っています。晩年になるほど感謝を軸に物事を見詰める大切さに気付けた、神の教えに感謝です。

 

 

教えでゆとりある感じ方が

(神奈川県MK/60代男性/自営業)

家族で経営している会社に、数年前から息子が加わりました。学校を中退し、どうしたものかと頭を悩ませたこともありましたが、一緒に働く中で、それまで見えていなかった魅力にどんどん気付くようになりました。
息子は、私なら気にしないようなことにも、「お客さまのために…」と時間を惜しまずに取り組んでいます。その姿勢に、「我が子ながら勉強になるな」と思いますが、もし以前の自分なら、効率を重視し、「余計なことはするな」と言っていたはずです。「きっと、子供の良さを引き出す触れ方はできなかっただろう」と思うと、神の教えを学ぶ中で成長できたように感じられ、うれしく思います。息子が頑張って取り組んだことが、お客さまの喜びにつながっている姿に、私自身も喜びを感じます。
実は、いろいろな出来事から、親への反発心があったのですが、いつしか「今の自分があるのも親のおかげ。先祖がつないでくれたから」と感謝するようにもなりました。自分も良いものを我が子に受け継いでいけるように、これからも教えを学び、心を磨いていきます。

 

 

責めてばかりの介護を卒業!

(茨城県NK/50代女性/主婦)

同居の義母は認知症です。この頃、夜中に「財布がない」と家族を起こすなど、被害妄想が出始めました。なぜ急に変わってしまったのか、その行動を受け止められず、近所に迷惑をかけるのではと責める心が出てきました。それでも、つらい気持ちを祈願するうちに、少しずつ自分の心が安定。ありのままの義母を受け入れ、温かい気持ちが持てるように変わったのです。晴天でも「雨がよく降るね」という相手を否定せずに、「梅雨が近いね」と返せました。自分の心の変化は、同じように義母を責めていた夫の心も安定させていきました。私たち夫婦の心が穏やかになるにつれ、義母の症状も落ち着いてきたと感じます。
最近では、義母が家事を手伝ってくれます。先日も布団を畳んでくれていたので、「私がやるから」と言うと、「いつもお世話になっているから、できることはさせて」と言われ、驚きながらも心から感謝しました。
責めてばかりでしたが、義母に楽しく過ごしてもらいたいと気持ちが変化。穏やかな心で介護できることが本当にうれしいです。

 

 

神と出会って仲良し夫婦に

(鳥取県YT/60代女性/主婦)

夫とは再婚同士です。今度こそと思っていたはずが、収入の不満、娘夫婦の不仲、娘婿に懐かない孫…と悩みが絶えず、口を開けばけんかの毎日でした。
そんなある日、友人に、「なぜ、そんなに夫婦で仲良くできるの」と聞いたところ、「仕合せは夫婦からと教わっているから。けんかもするけど、二人で何でも話すのよ」と、神示教会のことを話してくれたのです。「私たちもそうなれたら」と、勉強会に連れていってもらいました。学んでみて気付いたのは、夫より上に立たないと気が済まず、好きなように物は言うけれど、本当の思いは話していない自分でした。それを夫や子供たちに伝え、早速信者に。夫も一緒に学び始めました。学ぶたびに、「私たちのことだね」と顔を見合わせています。二人とも随分穏やかになったと思います。
先日、夫婦どちらかの車を手放すことになり、話し合った時のことです。普段はすぐに口を挟む私が、夫の言うことを最後まで聞き、「お母さんの愛車を残そうよ」という提案に、「ありがとう。ごめんね」と答えていたのです。自分からは絶対に謝らない私が「ごめん」と言っていて、自分でも驚きました。私たち夫婦が変わると、娘夫婦も落ち着いてきました。孫娘は、「私、神さま大好き。パパにごめんねって言えたの」と教えてくれました。
神と出会って一カ月半。「仕合せは夫婦から。良い家族になろうね」と、二人で話しています。

 

 

温かい心遣いに前向きな気持ちが

(京都府HN/30代男性/無職)

十数年前に母をがんで亡くし、その後、妻と離婚しました。間もなく父も病気で失い、一人残された私は、人生のどん底に落ちた気分で何もする気が起こらず、うつ病に。それ以来、障害年金で生活してきたのです。
その間、両親の友人だった方が、何度も参拝に誘ってくれました。なかなかそんな気分にはなれませんでしたが、親身になってくれる温かい姿に気持ちが動き、神示教会に足を運び始めたのです。
神の教えを学び、周りの方たちと触れ合っていると、「このままではいけない」という思いになっていきました。教えを通して、誰にも人に役立つ良さがあることを知り、「心をかけてくれた方たちのためにも、もう一度社会に出て、誰かの役に立ちたい」という気持ちが湧いてきたのです。
現在は、自立に向けて、ホームヘルパーさんとのやりとりを始めています。私を優しく見守ってくれた方との縁を残してくれた両親にも感謝しつつ、その思いに応えられる息子でありたいと、今、心がとても前向きです。

 

 

祖母として見守る立場を貫く

(長崎県MM/70代女性/主婦)

孫が弱視と診断されました。息子夫婦が大学病院に行くと聞き、私も一緒に医師の話を聞きたいと思いました。しかし、神は、祖母は見守る立場とお教えくださいます。そこで、「私は、家で他の孫たちと留守番しているね。私の役目があったら教えてね」と送り出しました。すると、「病院に着きました」「診察が終わりました」と随時メールが入り、何だか心が温かくなりました。
日中、働いている息子夫婦に代わって、私が孫の治療の手助けをすることになりました。それは、弱視ではない方の目にパッチを付けるというものでした。孫はとても嫌がりますが、そこをなだめるのが私の役目です。そして、帰宅した息子夫婦に状況を報告します。すると、息子が孫に、「よく頑張った。外すのは痛いけど我慢して」などと、優しく声を掛けて外してやるので、また翌日も孫は頑張れるのです。
以前は孫がふびんで、おろおろしていました。しかし、神の教えから祖母としての生き方を知り、実践しようと努力する中で、安心感が湧いてきました。今は、息子夫婦や孫たちに愛される存在を目指して学びを重ねる毎日です。                  

 

 

愛着心を引き出す「乗り物の清めの儀」

(千葉県MH/60代女性/パート)

息子が新車を購入した際、私たち夫婦の車を廃車にし、それまで息子が乗っていた車に乗り換えることにしました。そして、2台とも「乗り物の清めの儀」を受けました。
当初は、車にこもる邪気を払い、事故や災難を逃れる、一般的な「おはらい」の感覚でした。ところが、儀式を受けた時に、何とも言えない清らかさと、ゆったりとしたものに包まれる安心感を味わいました。それも私だけでなく、参列した家族全員が感じたというのです。子育てに追われていた息子夫婦は、「この頃、随分感情的になっていたなあ」と、ゆとりの心の大切さに気付けたようでした。
数日後、夫が「この車、いとおしくないか」「今までに感じたことないよなあ、こんなに車を大切にしたいと思う心」と言うのです。気付くと洗車も、運転も丁寧になりました。この愛着心を引き出していただけたのが、乗り物の清めの儀でした。
最近では、家族の間に笑顔がこぼれ、会話も弾んでいます。穏やかな心と車への愛着心があれば、事故や災難はないのだろうと思っています。

 

 

人を見ないで一生懸命勉強を

(群馬県NY/10代女性/専門学校生)

美容系の専門学校に通っています。入学前は、人間関係がうまくいくかがとても心配でした。そんな時、青年向けの勉強会、友輝会で、今やるべきことに一生懸命取り組む大切さを学んだのです。私の場合は、学生として専門技術の習得に気持ちを向けることであり、その取り組みが自分の魅力につながっていくと思いました。その後、担任の先生に言われた、学生の本分である学びを大切に…という言葉が友輝会で学んだことと重なり、ますます真面目に美容の勉強をする気持ちになりました。
一歩秀でたクラスメートを見て焦ったり、ライバル視して落ち込んだりしてしまうこともあったものの、家族に話し、一緒に神の館に行って学びを重ねることで、心を立て直せました。課題に取り組むときにつらいと思うこともありますが、クラスの仲間が頑張っている姿を見ると、自分も頑張ろうという気持ちになれます。以前は、クラスメートを見て自分を見失うことの多かった心が180度変わり、「毎日が楽しい」と胸を張って言えます。そんな自分になれたことが、とてもうれしいです。

 

 

ようやく持てた自分への自信

(茨城県KN/40代女性/パート)

うつ病の治療をしながら、母の介護をしています。教会には、家族の状況を見ながら、年に数回足を運ぶのがやっと…。それでも、いつも教えに触れていたいという思いから、『友輪』の郵送を申し込み、時間を見つけては学んできました。
昨年、偉光会館で勉強会に出席した時のこと。「命は有限」というひと言が心に深く残り、「それなら、自分も社会に出て人の役に立ちたい」と勇気が湧いてきたのです。
医師にパン屋さんを紹介してもらい、少しの時間ですが、働き始めました。家の外で収入を得る仕事に就いたのは、15年ぶりです。周りの人と関わる中で、褒められたり、認めてもらったりして、大きな喜びを味わっています。何より、自分が社会とつながっていることを強く実感しています。自分の存在にも、ようやく自信が持てるようになってきました。

 

 

話し合いの大切さを実感

(鹿児島県FH/70代男性/自営業)

両親ともに他界後、兄弟で話し合い、生まれ育った実家を処分することに。県外に住む兄たちに代わって、私がもろもろの手続きを進めました。
遺産相続でもめることのないよう、事前に均等に分配することなどを話し合い、私もその都度、進捗を報告しながら進めていました。ところが、いざ金額が提示されると、長兄が、長男としての権利を主張し始めたのです。
正直、葛藤はありました。それでも、神の教えを学ぶ中で、大切なのは、両親に安心してもらう生き方をすることと気付いたのです。全員が気持ちを重ねて事を進められるように、まずは長兄の意見を聞き、他の兄弟ともよく話し合いました。そうすることで、自然とみんなが納得する結論が見えてきたのです。
神の教えを知らなかったなら、欲の心のままに意見を衝突させて、お互いの人生を枯らしていたかもしれません。今後、納骨のことなども決めていく予定ですが、よく話し合って、進めていきたいと思います。

 

 

少しの心掛けで変わる日常

(香川県YS/60代女性/主婦)

私は、できるものなら、夫の両親とは遠ざかりたいと思っていました。お茶を入れる、洗い物、掃除…、これらは嫁の仕事だと思っているようで、夫の姉や妹がお茶を入れようとすると、「いいのよ、そんなことしなくて。嫁がするから」と、義母が言うのです。自分の娘には何一つさせず、私にばかり厳しくて、「ありがとう」の言葉もありません。私も仕方なく嫌々しているうちに、義父母への愛が薄らいでいきました。
しかし、神の教えを学び続けるうちに、「どうせするなら楽しもう」と思うようになったのです。さらに、ある日の授業では、自分の親だけではなく、夫の親も大事にしなくてはいけないと学びました。それからは、「喉、渇きませんか。お茶入れましょうか」など、ささいなことでも自分から話し掛け、気持ちを伝える努力をしています。感情をぶつけられても、おっくうがらずに会話をすれば収まっていきます。今でも「嫁の仕事」は変わりませんが、最近は、感謝の言葉を言ってくれるようになりました。心が通い合うのを感じ、とてもうれしいです。

 

 

心を磨き、主人とまた一緒に

(長崎県MH/30代女性/看護師)

結婚して子供が生まれた時には、主人もとても喜んでくれて、仕合せいっぱいでした。しかし、子供の離乳食が始まった時、私が配慮を欠かしたことが原因で、別居することになってしまいました。何の話し合いもできず、苦しい毎日でした。
「なぜ、あれくらいのことで」と主人を責めていた私でしたが、神の教えを学んでいくと、相手の心もつかめずに自分の考えを優先していることが見えて、反省しました。同時に、現状に負けないで、事有るごとに子供の様子を連絡し、妻らしい心で夫に向き合う努力を重ねました。今では主人の方から積極的に連絡をくれ、子供の成長を一緒に喜べるようになりました。私の実家の母や弟にも、温かく接してくれています。
神は、「人の心の動きをつかんで、世渡りする者、運強き者」と教えてくださいますが、私は人の心を大切にする心遣いに欠けていたと、気が付きました。これからは、何でも自分の価値観で見ないで、もっと相手の心を大切にして生きていこうと思います。そして、主人から「また一緒に住もう」と言ってもらえる妻になれるよう、神の教えを学んでまいります。

 

 

教えで年々変わっていく自分

(カナダTY/40代女性/主婦)

光寿信者参拝時まで、一カ月余りとなりました。今年を振り返ると、これまで気付けなかったことも、神の教えを学び続けるうちに、「こういうことかな?」と、感覚としてつかめることが増えた気がします。
自分の中にもう一人の私が生まれ、物事を理知的に捉え、さまざまなことに感謝が持てるようになった感じです。人の言葉や態度にのまれなくなり、怒ることが減りました。それどころか、相手の様子が感じ取れて、良い距離感で付き合える自分に変わったように思います。
とはいえ、持って生まれた性格は変わらないので、すぐに弱点が出てしまい、「またやらかしてしまった」と落ち込むこともあります。それでも、学びと実践を繰り返すうちに、自分に非があれば素直に謝り、落胆から立ち直るまでの時間も短くなりました。
学びには終わりがありません。一生かけて学びを深め、自分の人生に役立てながら歩んでいきたいと思います。帰国の際に兵庫偉光会館に参拝するのを楽しみに、カナダで頑張ります。


 

神の言葉に触れて心の安定が

(富山県JM/70代女性/主婦)

神が示される「神示」は、私の生きる指針です。日々いろいろなことに直面しますが、いつもなすべきことが見えて、心を立て直せます。何と、その最新の神示が公式サイトで見られると聞きました。とはいえ、私には見られる環境がありません。一瞬、諦めかけたものの、「これを機に、一緒に神示に触れられたら」と考え、嫁いだ娘に思い切って印刷を頼んでみました。娘は嫁ぎ先の環境になじめず、ふさぎがちで、何とか支えてあげたいと思っていたのです。快く引き受けてくれ、月に数度、新たな内容を印刷して送ってくれるようになりました。それがうれしくて、その都度、「届いたよ、ありがとう!」と必ず感謝を伝えました。すると、自然と神示を読み重ねるようになった娘が、「自分の心が整理できるようになってきた」「当たり前と思っていたことが、ありがたいと思えた」など、心の内を素直に話してくれ、少しずつ親子の会話が弾むようになったのです。娘の心の変化に、驚きと感動で感謝が深まりました。また、母親として娘の心を支えることができ、胸がいっぱいです。


 

上司の厳しさに萎縮したが…

(石川県YS/20代男性/介護施設勤務)

職場の上司は言葉がきつく、その人がいると自分の心が萎縮するようになっていました。そんな中、神の教えを通して「素直に自分の思いを伝えることが大切」と思い、勇気を振り絞って正直に気持ちを伝えてみました。その時は話を聞いてもらえ、それなりに改善したと思いましたが、それもつかの間、ふとしたひと言で、また恐怖心がよみがえってきたのです。
苦しさから逃れたくて学びを重ねていたある日、「おびえる心は自分の感じ方であり、相手の問題ではない」とハッと気付き、霧が晴れたようにすっきりしました。「上司が…」といつも心のどこかで責め、自分を正当化して、相手が変わることばかり求めていたので苦しかったのです。自分の言動にも問題があったと、素直に反省もできました。
「自分が変わることが大切」と知ってはいたけれど、真剣に救いを求めて学んだからこそ、教えが心に入ってきたのだと思います。これからは自分の感じ方を見詰めて、正すべきことは正し、何事も自分の心を磨くチャンスとして、出会いを大切にしていこうと前向きな気持ちになれました。


 

夫婦が心を重ねる大切さ

(50代男性/会社員)

大学生の息子が、突然「将来は、音楽の世界に進みたい」と言い出しました。妻は応援する姿勢でしたが、私は大反対。その道が本人に合っているのか分からず、心配でたまらなかったのです。
しかし、教えを学ぶうちに、「夫婦が同じ方向を向くことが大切。不可能だと最初から決め付けてはいけない」と気付きました。「15歳を過ぎると、自分の持つ能力で人生を歩み始める」と学んだ時には、もっと子供の気持ちを尊重しなければ…と感じました。妻とも何度も話し合いを重ね、息子が決めた道を夫婦で応援することにしたのです。
何より、私たち夫婦が仲良く、和のある家庭を築いていけば、子供の心も安定し、自分に合った生き方を見つけられるはず…。そう思うと、重かった心がすっと楽になりました。
自分の気持ちが変わると、息子にも伝わるらしく、今までよりいろいろと話してくるようになりました。親として全く心配がないわけではありませんが、頑張っている様子を聞くと、安心します。妻と二人で息子を温かく見守り、応援していこうと思っています。


 

自分の捉え方が変わると…

(60代女性/パート)

風邪で数日間寝込んだ時のことです。一人暮らしの私を心配して、近所の人が電話をくれました。でも、「こんなにだるいときにかけてこないでよ」と思ってしまいました。その後、夕飯も持ってきてくれ、「ありがとう」と受け取ったものの、「もっと柔らかい物がよかったのに…」と心では不満でした。
風邪が治り、偉光会館に行って学んでいた時、ふとあの日の出来事を思い出しました。心配して見舞ってくれた相手の思いを感じ取ろうともせず、自分の尺度で物事を捉え、責めていた私…。そんな自分自身が情けなく思えてきたのです。こだわりや自分の思いが強過ぎて、人や物への感謝が薄かったことも、大反省でした。
後日、その人に会った時、「あの時は本当にありがとう。うれしかった」と心から感謝を伝えられました。相手も笑顔を返してくれ、心が通じ合えたと実感。神の教えで、「出会いを生かす」と学んでいますが、こういうことなのかな…と温かい気持ちになりました。


 

病を通して得たもの

(60代男性/自営業)

昨年、体に不調を感じ、病院に行ったところ、がんと診断されました。精密検査の結果、転移の可能性もあり、複数の臓器を摘出することになったのです。
無事に手術を終えて感じるのは、臓器は失っても、それ以上に得たものが大きかったということです。家族の支えの素晴らしさ、神魂に心を守られている安心感…。これらがあったからこそ、手術の時も医師を信頼して、不安なく臨めたのだと思います。
それに、病を通して、感謝が足りなかった自分にも気付きました。特に家族に対しては、感謝はしていても、気恥ずかしさもあって、言葉で伝えることはありませんでした。でも、今は声に出すことを心掛けています。すると、妻や息子たちも、私を気遣う言葉を折に触れて伝えてくれるのです。「ありがとう」の言葉が、こんなにもお互いの心を通わせるのだと身に染みて感じました。
多くの支えを頂いて、生かされていることを実感する毎日…。これからの人生は、できることに惜しみなく取り組んで、恩返しをしていきたいと思っています。


 

妻として、母としての立ち位置で

(40代女性/主婦)

小2の息子には障害があり、人とうまくコミュニケーションが取れません。ぐずって学校に行きたがらないこともあったため、担任の先生に聞いてみると、時々友達にからかわれているとのことでした。息子の関わり方が原因と言われ、「もっとうちの子の事情にも配慮してほしい」と、学校側に不信感を抱いてしまいました。
そんな時、親の会で学んだ内容が、私にぴったりでした。まずは夫婦でよく話し合うこと、先生は手を結ぶべき存在で、保護者の立場を超えてはいけないこと…。私は、子供をふびんに思うあまりに、自分の立ち位置でやるべきことが見えていなかったのです。
その後、夫と話し合い、夫婦で担任の先生を訪ねると、状況がよく理解できました。私たちも、親として子供を思う気持ちを伝えると、先生も親身になって聞いてくれました。
息子に対しても、触れ合いの時間を増やすことを夫婦で意識するうちに、随分落ち着いてきたように思います。私も安心して学校に送り出すことができ、夫婦二人で子供に向き合う大切さを実感しています。


 

真の努力の在り方を知って

(20代男性/会社員)

以前の私は、出世欲が人一倍強く、周りを抑えてでも、上に行きたいと考えていました。先輩に教わるときも、少しでも他の人と差をつけたいという気持ちだったのです。しかし、どれほど努力しても、思ったような評価は得られず、悶々とする毎日でした。
心が行き詰まり、勉強会に出席した時、自分の良さを磨く努力をする大切さを学びました。その良さは、人と関わり、協力、調和することで磨かれる…という内容は、私にとって衝撃的でした。常に人と比較し、勝ち負けにこだわることが、どれほど人生を下げていたか、思い知ったのです。
その日以来、「自分の良さを生かせるように…」「できることを精いっぱいさせてください」と、毎日祈願しました。会社で挨拶すらろくにしていなかった私ですが、自分から声を掛けることも実践。そうした気持ちで仕事に取り組むと、周りが何かと応援してくれ、心もどんどん意欲的になっていったのです。こんなにも周りに支えられていた…ということにも気付きました。何より、自分が携わっている仕事が周りに役立っていることに大きな喜びを感じます。仕事に向かうのが楽しく、良いことずくめの毎日です。

 

けがを機に深まった夫婦の絆

(50代女性/主婦)

数年後に定年を迎える夫が、足を骨折してしまいました。仕事も退職し、自宅でのリハビリ生活に…。もちろん、夫の体は心配でしたが、「もう少し働いてもらわないと困るのに…」と、内心責める思いがあったのも事実です。四六時中夫と二人で過ごすことになるのも、不安でした。
そんな中、神の教えを学び、感謝を忘れていたと感じました。思えば、家族のために何十年も働き続けてきた夫…。いつしかそれが当たり前になってしまっていたのです。「これではいけない。今こそ、愛をかけられる自分になろう」と心に決めました。
夫は、毎日リハビリをしています。そのとき私は、隣で励まし、褒めて…と、応援団になりきります。夫は、文句を言いながらも、まんざらでもない様子で、笑顔で頑張っています。そんな夫がいとおしく、他に何ができるだろう…という気持ちが湧いてきます。
ある時、夫がふと「こんなに一緒にいるの、何年ぶりだろうな」と言いました。夫婦仲良く、一緒に過ごせる毎日を、夫も喜んでくれているようで、うれしく思っています。

 

教えを知って、明るい自分に

(50代女性/パート)

パート先で出会った友人は、いつも明るく、はつらつとしています。それに比べて自分は、「私ばかり大変な仕事を回されて割に合わない」「他の人がもう少し動いてくれればいいのに」などと、何かと不満を募らせていました。いらいらだらけの毎日は苦しく、同じ職場で楽しそうに働く友人を見ると、だんだん自分が嫌になっていきました。「このままではいけない。いっそ辞めようか…」と思っていた時、その友人から神示教会のことを教えてもらったのです。「私も、この人みたいに笑顔で働きたい」と思って信者と籍を置き、一緒に神の教えを学び始めました。
勉強会を通して、仕事は奉仕の心で取り組むもの、誰にでも人に役立つ良さがあることなど、さまざまなことを教わり、自分の心が少しずつ変わってきました。最近は、パート先でも「大変なのはみんなも同じ」「何か手伝うことはあるかな」と、周りの人を思いやれます。そういう気持ちで動いて、「ありがとう」と言われたときのすがすがしさは、言葉にできません。少し心が明るくなったかなと思います。これからもしっかり学んでいきます。

 

心が守られる不思議と感動

(40代男性/会社員)

母が緑内障と診断され、医師から、「この先どうなるか分からない」と言われてしまいました。視力が落ちていく様子に不安はありますが、神の教えを学んでいると、驚くほど冷静でいられます。「先のことをあれこれ案じても仕方がない」「親子で過ごせる今を大切に、少しでも親孝行できるように頑張ろう」など、心にゆとりが持てて、いつも前向きでいられるのです。「自分の心が守られる」という不思議と感動を味わい、感謝しかありません。
自分の気持ちにゆとりがあるおかげで、母が不安と嘆いても、愚痴をこぼしても、「そうだよね、つらいよね」と優しく受け止められます。「俺が付いているから大丈夫だよ」「何の心配も要らないよ」と励ますと、母も安心するようです。
最近は、母も以前より穏やかになったと感じます。驚いたことに回復の兆しも見えてきて、親子で一緒に喜んでいます。

 

役立つことで生まれた自信

(50代女性/主婦)

ある日、歩いて知人宅に向かっていた時の出来事です。側溝から水が噴き出し、道路にまであふれている所がありました。急いで町内会長に伝え、市役所に連絡を入れてもらいました。
水があふれたのは、布団が側溝に詰まっていたためで、そのまま放置していたなら、床上浸水が起きたかもしれないとのこと。町内会長からは、「最近は、何かあっても見て見ぬ振りをする人が多いのに…。本当にありがとうございます」と大変感謝され、うれしくなりました。
いつも、教会の勉強会で「人には、必ず誰かの役に立つ良さがある」と学んではいても、あまり自信がなかった私です。それが、今回の出来事をきっかけに、その実感が持てるようになりました。最近は、「もっと人の役に立ちたい」という思いが一段と高まっています。自分にできることを見つけて、どんどん実践していきたいと思います。

 

立ち位置が見えて変わった心

(70代女性/主婦)

苦労の多かった私は、神の教えを学んでも、きれい事と感じることがありました。そんな中、息子の離婚問題が浮上。ふがいない我が子も、自分勝手な嫁も許せず、苦しくてたまらない時、信頼する姉から勧められ、あらためて教えを学ぶようになったのです。
半信半疑ながらも勉強会に出席するうちに、人にはそれぞれ立ち位置があり、それに合わせた関わり方があることを知りました。自分の家庭を築いた息子のことは、温かく見守ってやるのが、自分の役割だったのです。
2人のことを穏やかな気持ちで受け止められるように神に願ううちに、不思議と心が軽くなっていきました。気付いたら、息子にも、嫁にも優しい言葉を掛けられるようになり、「自分の心がこんなにも変わるなんて…」と驚きと感謝でいっぱいです。
まだ問題は解決していませんが、温かい気持ちで今後を見守り、2人で出す結論を冷静に受け止めたいです。そして、2人を応援してやりたいと思っています。

 

神の教えは絶対に必要なもの

(20代男性/大学生)

僕は、生まれた時から信者でしたが、参拝や勉強会にはほとんど行っていませんでした。というのも、神に頼る感覚が何となく恥ずかしかったのと、自分が努力することが何よりも大切だと思っていたからです。ところが、昨年始めた就職活動がことごとくうまくいかず、がむしゃらな努力だけではどうにもならないこともあると知りました。
どうしたらいいか分からず、不安で押しつぶされそうだった時、「気持ちが前向きになれるから…」という親の勧めで、友輝会に出席しました。「神は、みんなに良さを与えてくださっている。それを生かせるように努力することが大事」という内容が、心にずしんと響きました。そのためには、もっと教えを学ばないと…とも思いました。
今は、就活をしながら、勉強会にも毎月出席しています。学べば学ぶほど、人としてどう生きればいいのかがつかめて、感動します。授業の前後には、周りの人と話すこともあり、教会はとても温かい場所だと思います。
最近、母に「別人のように表情が明るくなったね」と言われました。神の教えは、仕合せに生きるために絶対に必要なものだと確信しています。

 

教会書籍から力をもらって

(60代女性/パート)

子宮に悪性の腫瘍が見つかり、摘出手術をしました。手術は成功し、無事に退院できたものの、その後の痛みは想像以上でした。負けるものかと思っていた心も、あまりの激痛で折れそうになってしまいました。
教会に行きたくても、外出すらできません。気持ちがめいっていた私の大きな支えになったのが、教会書籍でした。ある時、『心の正道』を読んでいると、ふと目に留まった一節がありました。「手術は成功しても、痛みを伴うものです。その痛みも、徐々に徐々に薄らいでいきます。人生は、このくらいのゆとりを持って生きていくことです」まるで私に直接言われているようで、はっとしました。私は、「早く治ってほしい」と焦ってばかりで、心のゆとりが足りなかったのです。
そこで、長時間の手術に耐えたおなかをさすりながら、「ありがとう、大丈夫だよ」と語り掛けるようにしました。痛みがつらいときも、『心の正道』に書かれていた言葉を思い出すと、自然と心が楽になれます。支えてくれる家族、友人、知人、全ての方への感謝が湧いて、つらいリハビリも、「よし、頑張ろう」と前向きに臨めるのです。教会書籍から生きるパワーをもらっています。

 

再び見られた妻の笑顔

(70代男性/無職)

長年連れ添った妻が認知症になりました。同じことを何度も尋ねられ、いくら説明しても理解しない状況に腹が立ち、つい大声を出してしまうこともしばしば。しばらくすると、妻はうつむいたまま、言葉を発しなくなってしまいました。
絶望的な気持ちで教会に足を運び、勉強会へ。学んでいるうちに、仕事で大変だったとき、妻が献身的に支えてくれたことがよみがえってきました。夕食を作り、夜中まで帰りを待っていてくれたこと。励ましの手紙をくれたこと。その優しさ、温かさを思い、申し訳なさでいっぱいになりました。そして、こんな状況だからこそ、妻としっかり向き合い、支えていきたいと思ったのです。
以来、いつも落ち着いて会話しようと祈願するように。やがて、教会が大好きな妻も、再び神の館に足を運び始め、笑顔で話すことが増えていったのです。「いらいらしたままでいたら、この笑顔は見られなかったかもしれない」と、感謝しています。

 

精神疾患の息子を支える心に

(60代女性/主婦)

40代の息子は、長年、精神疾患を抱えています。ところが、本人は治療に消極的。事の重大さを分かろうとしない姿に腹が立ち、感情的に叱ってしまうこともありました。暴れだすと手が付けられず、いつしか怖いと感じるようになっていたのです。
「何でこんなことに…」そんな気持ちで我が身を振り返ってみると、自分の至らなさが見えました。本人のつらさを分かってやろうともせず、否定していたのは、私でした。子供は、どれほど傷ついたか知れません。夫とあらためて話すうち、二人の中に「もっと息子の心に寄り添ってやりたい」という思いが膨らんできました。教えにあるとおり、家族の病は家族の問題。みんなで心を一つに向き合うことが大切と気付いたのです。
病状は一進一退を繰り返しながらも、少しずつ落ち着き始めています。息子も、治療に前向きになってきました。「どんな局面も、家族で力を合わせて乗り越えよう」と決意しています。

 

奉仕心の実践に取り組んだら…

(50代女性/会社員)

昔から、周囲の人と調和できず、人間関係で悩みの多かった私。ある日、勉強会で、働いている人は、勤め先やお客さまなどのために奉仕の心で尽くすのが道であると教わったのが、生き方を変える転機となりました。
聞いた時、それまでの自分を反省し、「これからは、職場で奉仕の心を生かしていこう」と心に決めました。そして、働いているスーパーが繁盛するには、お客さまに喜ばれる対応が大切と思い、それまで以上に気配りに努めたのです。やがて、お客さまから、「あなたがいるから、このお店に来るのよ」と言われるまでになりました。
「どうすればお客さまに喜ばれるか」「会社の役に立てるか」「自分には何ができるだろう」という気持ちで取り組んでいると、仕事への意欲がどんどん膨らみます。不思議と同僚とも気持ちが重なり、人間関係の悩みが消えてしまったのです。最近は、朝目覚め、わくわくした気持ちで出掛けています。

 

親との会話を心掛けてみると…

(10代男性/高校生)

僕は、親とあまりいい関係を持てていませんでした。勉強のことなどで、口うるさく注意されるのが嫌だったのです。だから、用事があるときしか話し掛けませんでした。でも、教会の勉強会で、「家族に気持ちを素直に話すことが大切」と何度も学ぶうちに、自分ができていないところを突かれている気がして、「実践しなければ」と思うようになったのです。
学校での出来事や、弁当を作ってくれたお礼など、勇気を出して伝えてみると、驚きながらも、うれしそうでした。友人関係で悩んだときは、僕の気持ちを受け止めながら、アドバイスしてくれて、とても心が楽になりました。「親は、僕のことを一番分かっていて、大切に思ってくれているんだなあ」と感じてうれしかったです。
家に帰ると、今まで以上にほっとします。前よりも心が明るくいられて、家でも、学校でも楽しく過ごしています。

 

儀式で見えた大切なこと

(40代女性/主婦)

祖父母の代から住んでいた実家を取り壊して新築するに当たり、その敷地で教会の清めの儀を行ってもらいました。儀式中、神示を聞きながら、「ああ、自分は感謝が少しもなかった」と思いました。
この土地は、昔、境界線について、隣人ともめたことがあったのです。親同士が決着をつけたものの、私自身、心のどこかに相手を責める思いがくすぶっていました。それが、儀式を通して、「うちの土地と思っていたけれど、大きな目で見れば地球の一部を使わせていただいているだけ」「数十センチにこだわって悶々とするなんてもったいない」という気持ちになりました。家族とも、「大切な土地だから、感謝して使わせてもらわないとね」と話しました。
工事の前、夫とあらためて隣家に挨拶に伺いました。迷惑を掛ける旨とともに、心を込めて「今後もよろしくお願いします」と伝えると、相手からも「こちらこそ」と笑顔が返ってきました。新築を機に、人として大切なことを思い出せました。

 

人を批判する気持ちが薄れて…

(70代男性/会社員)

以前は、街を歩いていても、近所の人と行き会っても、「マナーが悪い」「挨拶もしない」と腹を立てていました。しかし、人を嫌ったり、批判したりするのは、天に向かって唾を吐くようなもので、自分の人生を傷つけると勉強会で聞いて、はっとしました。他人の言動に目くじらを立てる心が、どれほど人生を暗くしていたか…。マナーは自分が守ればよいこと、挨拶も自分から気持ちよくすればいいのだと気付けたのです。
そのうち、電車で我先にと座る人を見ても、「疲れているのだろう」と気にならなくなりました。傘をぶらぶらさせている人がいても、「自分は気を付けよう」と思えます。知り合いに進んで声を掛けるようになると、人と触れるのが楽しくなってきました。神の教えを通して、穏やかな心で生きる大切さを学んできましたが、その時々の心の動きが毎日を楽しいものとし、ひいては人生を仕合せ色に染めると分かった気がします。「もう心の動きをおろそかにすまい」と誓っています。

 

夫婦の心が重なる安心感を味わえて…

(40代女性/パート勤務)

両親を早く亡くした私にとって、年の離れた兄は親代わりで、絶対的な存在でした。教会の授業や図書では、仕合せの基本は調和の取れた家庭で、夫婦の心の重なりが大切と教えてもらっています。それを頭で理解しても「夫婦げんかをするわけでもないし」と、自分の都合のいいように考え、何かあればすぐに兄を頼り、夫婦の会話は多くありませんでした。
昨年、しゅうとめと同居する話が進み、どう関わっていけばいいのか悩みました。でも、こういうときこそ神の教えを生かすときと感じ、何度も学び、教務相談で心の在り方を確認しました。すると、夫に頼らず、知らず知らずのうちに夫をないがしろにしていた自分が見えてきたのです。これがきっかけとなり、一つ一つ夫に確認したり、話し合ったりしました。今では、ささいなことでも、お互いに思いを伝え合えます。夫婦の心を重ねられることが、こんなにも仕合せなことかと、しみじみ安心感を味わえるようになりました。

 

役立つ自分を目指して

(20代男性/会社員)

大学卒業後、憧れの企業に就職して2年。任されるのは裏方の仕事ばかりで、思い描いていたものとは程遠い現実に、モチベーションは下がる一方でした。しかも、上司には細かく注意され、「何のために働いているのだろう」とだんだんつらくなりました。
それでも、勉強会で学び、祈願する中で、心の変化がありました。「雑務でも任されるのはありがたいこと」「100%以上の気持ちで動いてみよう」と、目の前の仕事に精いっぱい向き合う気持ちが生まれたのです。
今は、一つ一つの仕事に「少しでも役立てるように…」という思いで取り組んでいます。最近は、周りに「お前に任せれば安心」と言われることも増えました。それがうれしくて、ますますやる気が湧いてきます。人の役に立つことが、こんなにも自分の喜びになるとは思いもしませんでした。
以前は転職ばかり考えていたのがうそのように、毎日が楽しいです。会社に、社会に役立てるように、もっと頑張りたいと思います。

 

病を機に引き出された感謝

(50代女性/主婦)

「なぜ私ばかり次々と病気に…」と、半年前の私は思っていました。2年前に狭心症でカテーテル手術を受けたものの、今度は違う血管が細くなっていると検査で分かり、再手術に。こんなことが一生続くのかと気が重くなりました。
そんな時、勉強会で聞いた「真の健康は、心と体の調和にある」という言葉が心に残りました。苦しい気持ちを祈願するうちに、「見つけてもらえたのはラッキー」「しっかり治療しよう」と、前向きになってきました。夫や息子の励ましも、どれほど大きな力になったか知れません。
手術には、自分でも驚くほど穏やかに臨めました。「心臓さん、いつも頑張ってくれてありがとう。あなたを支える手術を受けるね」と、語り掛けていた私です。
現在は通院治療中ですが、何の不安もありません。それどころか、ご飯を食べられること、家族と過ごせること…、ささいな一つ一つを「ありがたい」と感じ、心は仕合せ感でいっぱいです。病気が私に大切なことを教えてくれました。

 

イライラの原因は自分の心に

(80代女性/主婦)

私は我の強い性格で、家族の言葉や行動にこだわり、すぐにカチンときていました。同居の息子夫婦にもイライラすることが多く、「自分は悪くない、相手が間違っている」と思っていたのです。
ところが、神の教えを学ぶたびに、自分の心にこそ、正すべきところがあると気付くようになりました。気付いては祈願し、また学ぶことを繰り返すうちに、こだわる心が取れ、いつも穏やかな心でいられるようになりました。
先日も、私が台所に立つと、嫁から「洗い物は私がします」と言われました。以前の私なら「それくらいできる」と意地を張ったり、「私のやり方が気に入らないの?」と心の中で責めたりしたでしょう。でも、自然と「そう、ありがとう」と、嫁の気遣いに感謝できました。心が穏やかにいられるおかげで、家族との会話も温かいものになっています。

 

体は不自由でも、心は健康に…

(50代男性/会社員)

15年前に多発性硬化症を患い、車椅子で生活しています。教会の授業で、体が不自由でも、心は健康に…と学んだことを心に留めて、「足が悪くてもつえを使えばいい。つえが駄目なら車椅子がある」と、自分の気持ちを切り替えてきました。今でも、不思議と不安はありません。
また、人に頼ることの大切さも知りました。以前は、「周りに迷惑が掛かるから…」と自分の思いを抑えていました。しかし、障害のある人たちが学ぶ供の会に出席するうちに、考えが変わってきました。「周りの人には迷惑を掛けるけれど、それが今自分が生きている証し。いろいろな人にお世話になって、お礼や感謝の思いをどんどん伝えていこう」と思ったのです。
先日、コンビニに入る時、金髪の若者が手動のドアを開けてくれました。「ありがとうございます。助かりました」と言うと、はにかんだ笑顔が光っていました。自分が人を頼ることが、相手の喜びになることを実感し、何だかうれしくなりました。