「神寿の集い」で見詰める夫婦の関わり
節目を大切に二人の家庭を引き上げる

「夫婦で趣味が異なるから、お互いを尊重して、休日はそれぞれに楽しんでいます」――。
現代では、そうした夫婦の方が、むしろ多いかもしれません。この姿、神の教えに照らして考えると、「正しい関わり」でしょうか。答えは後ほど。

7月7日に、ことしも神総本部と全国の偉光会館を中継で結んで開催された「神寿の集い」。対象となるのは、人生の門出に、「神受祭(結婚)」を挙げ、神の御前で、仕合せな家庭を築くことを誓った夫婦です。当時はぴったり重なったはずの心も、日常生活の中で生まれる感情、感覚のズレが積み重なれば、日一日と溝は深まってしまいます。だからこそ欠かせない、年に一回、夫婦で心をリセットするひととき。始まったのは昭和59年。既に40年の歴史を刻んでいます。

 

「『神寿の集い』は、私たち夫婦の原点。だから、毎年、神総本部で…と決めて、出席しています」と語る、九州から参加の夫婦。「長い夫婦生活、いろいろあったけれど、それも私たちにとっては全て必要だったと思えます。今の仕合せをもっと確かなものにするために、ことしも来ました」と語るのは、もう30年以上前に神受祭を挙げた二人です。

 

今年も教主正使者供丸光先生が、「神寿の集い」に向けて、神からお言葉を賜ってくださいました。その一節。
――二人で「教え」を学び
   「真理」で関わり
     「和のある家庭」を築く――

これが、何と言っても、二人が仕合せを得るための極意です。夫婦で教えに触れて、心の通う関わりをすること。この「二人で」というのが、大切なキーワードです。互いに価値観は違っても、縁があった同士。二人で教えを学び、二人で会話し、調和を図ることが欠かせません。

 

ここで、冒頭の答えです。
趣味や価値観が違うからと、別々の道を進んでいけば、気持ちは外へ外へと向かいます。夫婦の心の重なりは、どんどん難しくなっていくでしょう。二人の絆を深めるためには、「相手への温かい関心」が欠かせません。伴侶の趣味に興味がなくても、楽しそうな本人に思いが向けば、「どんなことで喜ぶのかな」と、知りたくなるはずです。これが、夫婦です。家族は、お互いへの愛情が深まるほど、一緒に料理をしたり、掃除をしたり、遊んだり…自然とみんなで一つのことをやるようになります。それが、「和のある家庭」の一つの姿です。

また、「それは、あなたの両親のことでしょ」という感覚で、本物の夫婦になりきれるでしょうか。両家の親を、自分の親として大事にできてこそ、夫婦です。
さまざまな事例や職員の話に、うなずいたり、ハッとしたり。参加したそれぞれが、大切な気付きを心に受け止めました。

 

神示を確認した後は、出席者同士が、感じたことなどを語り合いました。
「年上のご夫婦が、『昔はけんかもしたけれど、年を重ねるごとにお互いへの理解が深まって、歩み寄れるようになった』と語る姿が輝いて見えて…。うちはまだ価値観の違いでぶつかることも。自分の考えにこだわらないで、相手の思いも受け入れていきたいです」

「ことし、光輪の儀(結婚記念の祝い)を受けたというご夫妻が、『二人で支え合ってきたからこそ迎えられた節目。妻がいてくれるのも当たり前じゃないと思えて、夫婦の絆が深まった』と話してくれたんです。『うちも受けたい!』と、思わず夫と目を見合わせました。節目までに、もっと仲良くなっていられるように頑張ります」

「神示に、節目を軽んじてはいけないという一節がありましたが、『いつの間にか、伴侶への感謝が薄れていた』と語っていた人がいて、私も同じ…と思いました。夫はいつも私を気遣ってくれて、気が付くと一緒に台所に立っていたりするんです。私ももっと夫を支えたい。結婚の時の気持ちがよみがえってきました」

語り合いは終始和やかムード。時に拍手を送ったりしながら、互いの思いに耳を傾け、各人が夫婦の縁を深めていく思いを強くしました。

 

行事が終わってからも興奮は冷めやらず、あちらこちらで語り合う姿が。

 

「“二人で”というのが心に残りました。義母と出掛ける話をしている時、『君のお母さんだから』と言ってしまったことがあって。妻の自由に決めさせてあげたくて言った言葉ですが、突き放された感じがしたかな…と反省。次からは、『自由に決めていいんだよ』という気持ちまで伝えるようにしたいです」。
それを受けて奥さまも、「私も、少し寂しい気持ちになったことを伝えればよかったと思いました。小さなことの積み重ねで、溝ってできていくと思うので…。大事なことに気付けて、きょうはいい節目になりました」と爽やかな笑顔で語られました。

「両親がずっと『神寿の集い』に出席していて…。そこに、結婚したばかりの妻と初めて参加できたことが、本当にうれしいです。妻と私は性格が似ていて、お互い頑張り屋。でも、全く同じわけではないから、行事で言っていたように、『思いを共有する』ことを常に意識していきたいです」

「結婚35年、いろいろあったけれど、『神寿の集い』で心を見詰めてきたおかげで、尊重し合える夫婦になれました。趣味は違いますが、いつも二人一緒。私が趣味の集まりに行くときも、夫が送ってくれて…。帰りには、感謝の気持ちを込めて、夕飯は夫の好物を…と買い物をする私がいます。考え方の軸が一緒だから、話し合えば自然と思いがまとまることにも感謝です。穏やかな毎日に、仕合せをかみしめています」

 

家庭の基軸となる夫婦が、二人で神の教えを学び、協力し合えば、家族にとって居心地の良い家庭に必ずなります。誰かが「眼鏡どこかな」とつぶやいただけで、家族みんなが探してくれて、「はい、あったよ」。誰かが「コホン」とせきをしただけで、「風邪ひいた?」「温かくして」「ゆっくり休んで」。いつも温かい気持ちで関わり合えるから、外で何かあったとしても、帰ってくるだけで安心できる、元気になれる。だから、病も、事故・災難も寄せ付けない。愛の心がぐんぐん育つ家庭になれるのです。目指すは共白髪。夫婦二人で心を一つに、前進あるのみです!